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ギルガメッシュ叙事詩考
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ギ ルガメッシュ叙事詩考

ギルガ メッシュ叙事詩考 2
  アッシリアの王アッシュールバニパルのニネヴェの図書 館から1849年以降英人レイヤー ドによりアッカド語楔形文字の粘土板文書が発見され、3万点が大 英博物館に保管されてアッカド語の解読が進められるが、同博物館修復員であり楔形文字をある程度読みこなせたジョージ・スミスが「大洪水」の話を発見した のは粘土板の断片部分のこの文章を目にした際であるとされる。その後彼はニネヴェに赴き自ら発掘を続け、粘土板の残余の部分を発掘することになる。(この 説明はちくま学芸文庫版「ギルガメッシュ叙事詩」矢島文夫訳の解説を参考とした)
 周知の ようにこの『箱舟が山に漂着した』『鳩を放した』という記述は『旧約聖書』創世記のノアの洪水の物語とほぼ同一の内容である。しかし、『ギルガメッシュ叙 事詩』は旧約にはない記述が続く。神々はこの大洪水によって人々が失われたことを嘆き、大洪水を起こしたエンリル神を責めるのである。

その芳香を嗅ぎ、神々が集まった。
イシュタル女神が首飾りを掲げて言った。
「神々よ、私はこのラピスラズリ(宝石の一種)を決して忘れない。これらの日々を心に留め、決して忘れない。神々よ供物に集え。だがエンリルは来てはなら ない。彼は熟慮なく大洪水を起こし、わが人間たちを破局に引き渡したからだ」
エンリル神は遅れて来たが、方舟を見ると怒って言った。
「何らかの生命が破局を逃れたのか。人間は生き延びてはならなかったのに」
ニヌルタ神が言った。
「エア以外に誰がこのようなことをするだろうか。エアはすべての業をわきまえている」
エア神がエンリルに言った。
「あなたは英雄、神々の賢者。どうして熟慮なく洪水をもたらしたのか。
罪人にはその罪を負わせよ、咎人にはその咎を負わせよ。それで赦せ、それで我慢せよ。彼とて抹消されてはならない。
洪水を起こす代わりに、ライオンを立ち上がらせて人間を減らすようにすればよかったのだ。
洪水を起こす代わりに、狼を立ち上がらせて人間を減らすようにすればよかったのだ。
洪水を起こす代わりに、飢饉が起こるように、国土をやせ細らせたらよかったのだ。
洪水を起こす代わりに、イルラ(エラ・疫病をもたらす神)を立ち上がらせて人間を打てばよかったのだ。
私は偉大なる神々の秘密を明かしてはいない。
アトラ・ハシース(最高の賢者の意。ウトナピシュティムのこと)に夢を見させたら、彼が神々の秘密を聞いたのだ・・・」
エンリル神はエア神の言葉を聞くと、私とわが妻を引き上げ、祝福して言った。
「これまでウトナピシュティムは人間であったが、いまや彼とその妻はわれら神々のようになる。ウトナピシュティムははるか遠くの河口に住め」
神々は私を連れて行き、はるか遠くの河口に住まわせたのだ。

 イシュタルはメソポタミア神話における愛、性愛、戦、金星の女神イナンナのアッカド語名 とされ、ウルク、ウル、アッカド、バビロンおよびアッシリアのニ ネヴェなどで広く崇拝された。アッシリアでは戦闘の神としてその祭儀ではライオンが犠牲として捧げられたという。
 この叙事詩の中盤ではイシュタルはギルガメッシュに言い寄るのだが、イシュタルの愛人がつぎつぎに不慮の死をとげていること からギルガメッシュに拒絶さ れ、その恨みから娘イシュタルに訴えられた父である天空神アヌは報復として天の雄牛を彼に差し向けさせる。この雄牛をギルガメッシュは、天の神々がウルク の王ギルガメッシュの横暴を懲らしめるために土から作り地上に差し向けたが、格闘している最中に互いに友情を持つにいたった盟友エンキドゥとともに戦って 倒すのだが、それに怒ったアヌをはじめとする天の神々は彼に死の呪いをかける。この呪いによってギルガメッシュをかばったエンキドゥが死に、その友の死に よって自ら死すべきものと悟ったギルガメッシュは永遠の生命を求めて彷徨うことになるのでだが、そのイシュタルがウルクに先立つ都市を襲った大洪水による 人々の犠牲を痛切に悲嘆し、「これらの日々を心に留め、決して忘れない」と誓うのである。前述のようにその古名イナンナはウルクの都市神であり、実在した ウルク市民の崇拝を受けた女神に他ならない。
 洪水を起こしたエンリル神は天のアヌ神の子、地の男神であり、シュメールの最高神、古代ニップルの都市神、王権を授与する神、また風と嵐の神などとされ るが、ギルガメッシュ叙事詩ではなぜエンリルが大洪水を起こすにいたったかは明らかではない。
 また、エア神の言葉も興味深い。彼もアヌ神の子であり、大地と水の神、また知恵の神である。彼の言葉では洪水はライオン、狼や飢饉、疫病よりも過酷とさ れる。「罪にはその罪を」「咎にはその咎を」はのちのバビロニア第一王朝のハンムラビ法典の同害復讐法の理念に通じる。この視点から、人々の罪を罰するに しても大洪水は過酷過ぎるというのである。
叙事詩ではこのあとウトナピシュティムはギルガメッシュに永遠の生命を得たい なら6日6晩眠らずにいよと教えるが、ギルガメッシュは睡魔により6日間の 眠りについてしまう。悲嘆するギルガメッシュにウトナピシュティムは船頭ウルシャナビを伴ってウルクへ帰還する土産として海の底の草シーブ・イッサヒル・ アメル=『老人を若くする草』=の存在を教え、ギルガメッシュは足に石をくくりつけて海底にもぐってその草を得て岐路につく。ところが岐路の途中冷たい泉 でギルガメッシュが水浴しているとき、蛇が草の香りに惹きよせられてそれを食べてしまい、脱皮して抜け殻が残った。
 ここで少し解説を加えると、エンキドゥは旧約聖書のアダムとの共通性が指摘されている。
両者とも土から作られたこと、はじめは裸だったが知恵がつくと着物をまとうようになったこと、そして神により死すべき定めが与えられたことなど。また、こ の叙事詩の蛇の逸話は、蛇の脱皮を永遠の生命になぞらえているが、これも古代から「死と再生」「地母神」の象徴として崇拝されてきたことと関連している。
 その後ギルガメッシュは悲嘆しつつウルクに帰還する。叙事詩第11の書板は次のように終わる。

二人は旅を続け、ウルクに到着した。
ギルガメシュはウルシャナビに言った。
「ウルシャナビよ、ウルクの城壁に上り、往来してみよ。礎石を調べ、煉 瓦を吟味してみよ。
その煉瓦が焼成煉瓦でないかどうか、その基礎は七賢者が据えたのではな かったかどうか。

 七賢人とは太古のメソポタミアの7都市に文明をもたらしたという伝承の人々とされるが、実はこの最後のフレーズはギルガメッシュ叙事詩最初の第1の書板 冒頭にも出ており、同じフレーズを繰り返して円環のようにこの叙事詩は終わるのである。(なお、第12板は11板までとは関連がないエピソードが記されて いる)
第一の書板

すべてのものを国の果てまで見たという人
すべてを味わい、すべてを知ったという人
秘密を彼は見、隠されたものを彼は得た
洪水の前に彼はその知らせをもたらした
彼は悠に旅し、疲れ果ててたどり着いた
彼は周壁持つウルクの城壁を建てた
ウルクの城壁に上り、往来してみよ
礎石を調べ、煉瓦を吟味してみよ
その煉瓦が焼成煉瓦でないかどうか、その基礎は七賢者が据えたのではな かったかどうか

                             (一部略)
 
 このようにほぼ同じフレーズでこの叙事詩は終了する。同じフレーズの繰り返しは叙事詩の 構成としてひとつの典型的な技法であるが、叙事詩の始まりと終わ りの同じフレーズには作者または伝承者の強調したいテーマがあるはずだ。この物語の概略をまとめると、郷里を離れはるかなる彷徨の末に永遠の命を得ること が出来ず、大洪水の悲惨さを聞かされた王が再び郷里に帰還して、自らの都市の城壁を焼成煉瓦で建設したということである。「洪水の前にその知らせをもたら した」とは、シュルッパクののちウルクにも洪水が来たと理解できるし、「その煉瓦が焼成煉瓦でないかどうか」とは洪水や地震への耐水性、堅牢性へのこだわ りを示すものではないか。
 日干し煉瓦はある程度耐気候性はあるが、長雨、集中豪雨、地震には弱いとされる。実は煉瓦の使用はまさにメソポタミア文明から始まり、紀元前4000年 頃から千年間は天日で乾燥させた日干し煉瓦が使われていたが、紀元前3000年頃から鉄分を含んで赤褐色になる焼成煉瓦が外壁の仕上げに使用され始めたと される。焼成煉瓦は耐水性と堅牢性で日干し煉瓦よりすぐれ、ギルガメッシュは紀元前2600年頃のウルクの王であり、まさに煉瓦製造法の発展の過程の只中 にいた人物である。エジプトにはなく、メソポタミアの古代都市にはあった城壁は、従来の外部集団の侵攻への防備という点だけでなく、大規模自然災害への備 えという側面をも持つものと思われる。
                                               (つづく→3)
























    














                                                                                                                                                                 
  
     





























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