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2017年 9月30日
 昨日京都から帰宅するとamazonで注文した中古ジブリCDが来ていた。土曜は地元のil ventでジェノベーゼピザの後三ノ宮のテラス席でコンビニコーヒー、花の店で唐辛子(ハバネロ)購入。大丸で小ぶりのカワハギ一尾見つける。




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2017年 9月29日
 28日と違って抜けるような青空、宿を出て石塀小路、ねねの小道から八坂の塔を巡り、ふもとの店でコーヒー。赤い花?の鉢はよく見ると唐辛子、結構辛いとのこと。
 黄色い帽子の小学生らで賑わう三年坂から清水寺山門の横に出て、少し降って窓側の席の見晴らしが良い店で地ビールとうどんのお昼。テラス席もできてお り、エスプレッソ。やはり観光客で賑わう二年坂を下り、円山公園を回って祇園白川を歩き、日差しは暑いなか鴨川を超えて四条河原町のそごう地下でパンを買 い、阪急で帰路につく。3時には帰宅。政治のありようと違い、快適な一日だった。




2017年 9月28日
 憲法違反解散、絶望の党、時折雨のなか嵐山に出る。
 川辺で九条ねぎそばのあと花筏で露天の湯に浸かり、渡月橋から竹林を抜けて嵯峨野楓カフェに寄り、少し嵯峨野散策。日差しが出た夕方嵐電と徒歩で烏丸、 錦小路からテラスのある店で早めの夕飯。月が見える鴨川を越えて祇園も抜けて7時すぎ宿に着く。ニュースは改憲、軍拡、歴史改竄、対米追従、自己中、薄っ ぺらな言葉で同じ安倍Vs小池。政権疑惑と北東アジア危機の時に内政も外交もほったらかして選挙戦。この国は確実に劣化している。



2017年 9月27日
「欧州においては第二次大戦の勃発を見、東亜においては準戦時的国際関係の緊張を示すに至つたものと思ふ」
「われわれは今や有史以来の一大国難に直面したといふべきである。われわれはこの際一大決心を以つてこの困難のなかに突入し断固としてこれを突破する覚悟がなければならないのである」近衛首相1940年9月29日
 1932年の国民歌「国難突破」(山田耕筰作曲)で登場し、1937年の日中戦争とともに多用されていったこの国における「国難突破」という用語の政治 指導者と報道機関による使われ方の歴史を、当時の新聞紙面を添付しながら紹介する籏智 広太氏の秀逸なBuzzFeed記事。
 1940年9月の近衛の「国難に突入し突破する」放送からわずか14カ月余りでこの国は太平洋戦争に突入し、朝日・読売などメディアは率先して「国難突破」と「総進軍」「奉公」「総出陣」を紙面で国民に向けて喧伝し合い、5年たらずで完璧な敗戦と破局を迎えた。
 当時この国に必要なのは、日中間の戦闘を停止して中国大陸から軍を撤退させ、国際連盟の満州国に対する勧告を受けとめて対話と外交による問題解決を図る ことだった。中国と対立し米国などを敵に回して「国難」を招いたのは、この国の政権と軍部そしてメディアと国民の自らを管理できない弱さと外交、国際関係 の軽視にあった。
 その72年前の負の遺産である言葉を、恥じらいもなく自らの不手際と政権の行き詰まりを隠蔽するために使う首相。「少子高齢化」は10年以上前からわ かっていたことである。現在の北東アジアの危機に際して米朝の対立を煽る現政権の姿勢は、太平洋戦争に突き進んだ当時の政権の姿とも重なる。「国難」をこ の国の政権自身が招いている。
 かつての「国難突破」は2発の原子爆弾の投下を含む310万人の同胞と数千万のアジアなどの人々の犠牲とこの国の破局で終わった。今回の結末はそれを上 回る悲惨なものとなりうる。言葉の遊びではない、国際社会と共有する人権や平和そして平等の理念のもとで、冷静な問題の分析と適切な解決法が熟議の上で決 まるのでなければならない。この国はもう一度大きな岐路に立っており、どの道を進むか、それを選択する責任はわたしたちにかかっている。




2017年 9月25日
「もしわれわれの憲法上の星座に確たる星があるとすれば、それは・・・いかなる公務員も、政治、ナショナリズム、宗教あるいはその他の見解に関することに おいて、何が正当(orthdox)であるかを指図することは出来ず、また市民に対して、言葉ないし行動によって、その信念を告白するよう強制できないと いうことである」
「・・・われわれは、国旗への敬礼と宣誓を強制する地方当局の行動は、その権限に関する憲法上の限界を越え、合衆国憲法修正第1条がすべての官憲のコント ロールから保護することを目的とする、知性及び精神の領域を侵害すると考える」(1943年米国最高裁バーネット事件判決)
 現在の米国大統領は国歌斉唱時に起立を拒むNFL選手にツイートで「我々の偉大なる星条旗を侮辱することは許されず、国歌斉唱には起立するべきだ。さもないと、お前はクビだ。他の仕事を探せ」と脅す。
 北朝鮮とは核兵器を弄びながら互いに見苦しく下品な罵り合いを展開し、国内でも粗野で愚かな言葉を吐き続けるトランプ。
 米国が第二次大戦中にも維持した市民的自由、行政によるその「知性及び良心の領域」の侵害の禁止という合衆国憲法が掲げる「星座の上の確たる星」を、内輪の演説やツイートでなんの躊躇もなく冒涜し、国民を恫喝する。
 「お前はクビだ。他の仕事を探せ」がふさわしいのは本人のことだろう。




2017年 9月24日
 日本の首相と外相が率先して国連安保理決議2375に完全に背く発言を国際社会でしていることを鋭く指摘するまさのあつこ氏の論評。
 北朝鮮の6回目の核実験に対応して9月11日国連安全保障理事会が採択した「決議第2375号」は核実験への「最も強い非難」を表明し、同国への石油精製品の全面凍結と原油輸出の制限などを決めた。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000292227.pdf
 この決議は同時に、前文で
「事態の平和的かつ外交的な解決に対する要望を更に表明する」「対話を通じた平和的かつ包括的な解決を容易にする理事国及びその他の加盟国の努力に対する 歓迎を改めて表明する」「国際の平和及び安全の確保及び北東アジア全体の持続的な安定の確保並びに平和的、外交的かつ政治的な手段を通じた事態の解決の必 要性を強調し」
 などと謳い、この問題の解決を単に制裁のみではなく、平和的な外交、対話、政治的な努力に求めることをはっきりと表明している。
 決議の後半では、28で
「6者会合への支持を再確認し、その再開を要請する」
 と、6者による共同声明(2005年9月19日)=平和的な方法による朝鮮半島の検証可能な非核化、米国と北朝鮮相互の主権尊重、平和共存と経済協力の推進の約束=への支持を表明してもいる。
 そして29では再度
「事態の平和的、外交的かつ政治的解決の約束を表明し、対話を通じた平和的かつ包括的な解決を容易にするための理事国及びその他の国による努力を歓迎するとともに、朝鮮半島内外の緊張を緩和するための取組の重要性を強調する」
 としている。
 まさのあつこ氏のこの論評はそれらを丹念に紹介し、20日安倍首相が国連総会で「対話は無に帰した」「必要なのは、対話ではない。圧力」などと述べ立てたのは、自らが言及した「決議2375」に背く行為であると次のように鋭く指摘する。
『つまり、「対話」を否定するのであれば、安倍首相自身が「決議2375」に反していることになる。まして、日本は「28」で表明されている「6者」の一員なのだ。ーーーインクも乾かぬうち「決議2375」を守るべき立場を忘れているのは安倍首相である』
 安保理決議に反して国際社会に背を向けているのは北朝鮮だけではなく、安倍首相本人でもあるということだ。
 まさの氏はさらに21日河野外相が米国で
「北朝鮮と国交のある160以上の国々に対し外交関係・経済関係を断つよう強く要求する」
 と述べた発言も、自身が12日に発した「対話と圧力」を基軸とする「外務大臣談話」に背く行為であることも指摘する。
 しかし、実は21日の外相発言は直接「安保理決議2375」に重大に違反している。同決議は27で、
「全ての加盟国が、北朝鮮における外交使節団の外交関係に関するウィーン条約に基づく活動を妨げることなく、決議第1718号(2006年)8(a)(iii)及び8(d)の規定に従うべきことを強調する」
 としている。
 外交関係に関するウィーン条約(1961)は、多国間における外交関係の開設と外交使節団の特権などを定める条約であり、それに基づく活動の順守を求め る決議2375は当然にも決議の履行に際して諸国に北朝鮮との外交関係の維持を求めているのである。諸国に北朝鮮との外交関係を断てと言う外相の発言は、 一国の外務大臣としてまさに国連安保理決議を蹂躙することを呼びかける論外な代物だ。
 さらに同決議は26で、
「決議第1718号(2006年)、ーーー及びこの決議により禁止されていない活動(経済活動及び協力、食糧援助及び人道支援を含む。)並びに北朝鮮の一 般市民の利益のための北朝鮮における支援及び救援を実施する国際機関及び非政府組織の作業に悪影響をもたらす若しくはそれを制限することを意図するもので はないことを再確認し」
 と述べ、一連の安保理決議が、北朝鮮による核・弾道ミサイル開発と関係しない経済活動と協力、食糧援助や人道支援などを禁止・制限しないことを明言している。
 韓国政府は21日、国際機関を通じて北朝鮮に計800万ドル(約9億円)の人道支援を行うと発表し、これに対して同日菅官房長官は
「国際社会全体として、北朝鮮に対する圧力を強化する必要がある中で、圧力を損ないかねない行動は避ける必要がある」
 と批判した。
 この発言も、「人道支援を制限しない」とする安保理決議2375を全く読んでいないか、理解していないものの発言である。
 揃いも揃って安保理決議を逸脱するこの国の首相、外相、官房長官はいったいなに様なのだろうか。外務省も官邸も、外交文書を読まず、あるいは読んでもそ の意味を理解できず、あるいは理解してもそれを無視する。これはトランプに追従して戦争に至る導火線にマッチで点火しようとする言動を繰り返すようなもの だ。国際社会からの「孤立」を深め、対話を否定してただ圧力と制裁を振りかざして対立を煽り、その結果の戦争・核戦争で甚大な被害を受ける地域にこの国も 含まれる。
 いま必要なのは、決定された制裁のもとで決議が提唱する「朝鮮半島内外の緊張を緩和するための取組」を行い、六者協議の再開と共同声明の履行へ向けた外 交努力と対話への真摯な努力を当事者として持続することだ。安保理決議を逸脱し背き続けるこういう政権は一刻も早く退陣させねばならない。




2017年 9月23日 
 21日木曜は久しぶりに徒歩で阪神御影を目指して南下。途中の公園が電線の地下埋蔵工事とかで2020年までの一部閉鎖、幼児と親御さんの居場所が減っていた。綱島天神は秋の祭事の準備中。
 今日は19日久しぶりに乗って三ノ宮に向かう途中でタイヤが破損して預けた阪神岩屋駅近くの自転車店にタイヤを持参し、修理を待つあいだ見かけた店「さくら」でお昼を食べる。赤ガレイの焼き物が美味。
 南下し美術館沿いの海辺に行くと大きなフィギア。そこからこれも初めて海沿いを三ノ宮に向かう。程なくモノレール沿いの公園、さらに国道を越えて家族づ れが寛ぐ東遊園地。大丸横に自転車を置き、中古店で「崖の上のポニョ」ミニCD100円を購入、そごう地下でピロシキなど買いひたすら坂道を漕ぎかつ押し て4時には帰宅。日差しはないがバテた。


         



2017年 9月20日
 「子どもを変えるのは、社会の未来を変えること。いちいちなぜを問い、それを尊重する」サッシャさん
 先日神戸行きのjrに乗っていると、3歳くらいの女の子が同い年ほどの子に「店をたたむ」とはどういうことか説明をしていて不思議な感動をしたのを思い出す。
「あのな、店をたたむっていうのは、店を閉めるっていうことやねん。
 うーん、店がどっかへ行ってしまうっていうこと、店がサヨナラって言うこと、店が死んでしまうっていうこと、店がのうなるっていうことやねん」
 こういう「丁寧」な説明ができる子が首相ならこの国は随分変わるだろう。
 「いちいち」を否定的な意味でしか使わない政治家に比してこの記事の「いちいちなぜを問う」ことが未来に繋がると指摘するサッシャさんの使い方にこの国の希望がある。
「(文科省文書について)承知していない。作成日時も作成部局も明確になっていない。通常、役所の文書にそういう文書はない。誰が書いたものか分からない。そんな意味不明のものについていちいち政府が答えることではない」と官房長官(5月17日)。
https://mainichi.jp/articles/20170517/k00/00e/040/253000c
「解散について、いちいちお答えすることは差し控えるが、(訪米からの)帰国後に判断したいと考えている」と首相(9月18日)。
http://digital.asahi.com/articles/ASK9L4SMHK9LULFA001.html
 
 記者会見で不都合な質問ははぐらかし、個人攻撃に勤しむ官房長官と「一つ一つ丁寧に説明」を言いながら国会を開かず説明責任から逃亡する何処かの首相。
 「メルケルさんが支持されるのは、政策の「なぜ」が分かりやすいからでは」と対極の、「なぜ」が意味不明の政策と解散を画策する彼らの行為は、この社会の行くてを暗くし、子ども達と若者の未来を奪う。




2017年 9月19日
 夏のあいだ帰りの坂道で躊躇していたミニベロで久しぶりに三宮に向かうが、坂の途中で前輪が破損、押して下り水道筋商店街を抜けて阪神岩屋手前のサイクル店に行くが、20cのタイヤなく、後日持参することになり電車で三宮に出る。
 quartでお昼のあと北野ルパンでパンを買い、道を歩くと異人館スタドニク邸の写真館併設のガーデンカフェを見つける。今まで気付かなかったが良い感じ。
 火曜日半額の神戸クアハウスに寄って帰宅。やはり暑い。






2017年 9月18日
 台風過ぎて連休最後の日外出、阪急で西宮北口に出る。今津線沿いのイタリアンを1年ぶりに訪ねると解体中。室内は明るく美味しいお店だつたが。
 駅北西の津門川沿いの震災前と変わらない一角のもう一軒で廉価だが充実した前菜とタラコとしらすの和風パスタをいただく。川沿いの古木はシダレサクラと はじめて知る。佇まいが昔とあまり変わらない甲風園を歩き、線路を東へ越えて高木町へ入ると一帯は震災で焼失して新しい家が建ち、畑と路の連なり以外昔の 面影はない。唯一残っている母校高木小はすぐ近く、よく遊んだ体育館裏の野球盤はなくなっていて、道路拡張の故だと合点した。
 駅の北東に拡がっていた木造商店街も焼失し巨大ビルに変わった。阪急神戸線をガードで潜り西宮野球場跡の西宮ガーデンで少し買い物して帰宅。



2017年 9月18日
 小山台、雪谷、江北そして立川の定時制は歴史と伝統ある、地域に根ざし通学の便も良い定時制高校だ。
 かつて1969年10月に立川高校でバリケード封鎖が行われた時、4日間でそれが解かれたのは定時制生徒会から「自分たちの学びの場を奪わないで」と申し入れがあったからだ。定時制の存在は昼間の生徒たちにも大事なことを学ぶ機会を与えている。
 クラブ活動などの校舎やグランドの使用時間の定めは昼間の生徒と教職員の過剰な活動や勤務を防止する効果もある。都立の旧ナンバースクールはいずれも全 定併置校だった。それでも、いやそれゆえに共に豊かな教育、学習の場であり得た。何か邪魔者のようにこれらの定時制を潰そうとすることになんの正しさもな い。




2017年 9月17日
 台風接近。六甲と御影の中間にあるピッツェリアil ventoは土日地元の家族づれでいい感じだが今回は風雨の予報で金曜にお邪魔する。その後三ノ宮に行き大丸地下でカワハギ一尾見つけた。
 昨日土曜は雨、サイドランプをつけて終日家に篭り、かなり前に購入していたジブリ「紅の豚」をはじめてゆっくり鑑賞。
 第一次と第二次の大戦間期のイタリア、アドリア海の美しい海と現クロアチアの島々と空が見事に描かれている。
「飛べない豚はただの豚だ」のセリフも悪くはないが、
「飛行艇のローンは終わりました。いかがでしょう、愛国債権などを お求めになって民族に貢献されては」
「そういう事はな 人間どうしでやんな」
「お前には反国家非協力罪、密出入国、退廃思想、ハレンチで怠惰な豚でいる罪、ワイセツ物陳列で逮捕状が出される」
「ファシストになるより豚の方がマシさ」
などのセリフで描かれる、台頭するファシズムに対抗する人々と豚?の心意気も現在に通じる。
 今日は朝から風は強いが雨はまだ。ベランダの花卉を床に置いた。



2017年 9月15日
「国連安全保障理事会が経済制裁を決議しているのに、日本政府が朝鮮学校に就学支援金を出すわけにはいかない。『教育の機会均等』とは別次元の話だ」文科省幹部
 いい大人が高校生を虐める、なんとも了見の狭い発言ではないか。教育政策としても外交政策としても破綻している。
 国は裁判で朝鮮高校への支援金不支給は「政治的外交的な理由ではない」と主張してきた。この発言はその主張を根底から覆し、この判決の骨子「不指定が政治的外交的理由でなされたとは言えない」を瓦解させるもの。
 この不支給は高校無償化を推進した民主党政権下での「外交上の配慮などはせず、教育上の観点から客観的に判断する」との政府統一見解を第二次安倍内閣が 葬り去り、文科省の審査会の結論も待たず下村文科相の「朝鮮学校は拉致問題の進展がないことなどから、不指定の方向」によって決定したものであり、極めて 政治的に朝鮮高校生を差別して憲法の掲げる「教育の機会均等」を毀損した。「教育とは無関係な外交的、政治的判断があった」として不支給の違法を認定した 7月の大阪地裁が正しい。控訴審での国側敗訴は確定したも同然だ。






2017年 9月14日
 日記がわりに。このところ暑さもやみ、9日は神大を超えてil ventoにいくと臨時休業、三ノ宮に出て久しぶりに元町NOMADIKAのテラスで昼食。牛すじ煮込みのラグーが美味。これも久しぶりに中古LP店に行 き、Joni Jamesモノ版1枚、そごう地下で秋刀魚の握りなど買って帰宅。
 昨日はこれも久しぶりに午前中バスに乗り、神戸クアハウスで六甲の地下からくみ上げた硼酸泉と重曹泉につかる。火曜は半額500円の日だが雨で行かなかった。その後quartでナポリ風マルゲリータ。わずかに焦げた香りもやはり美味。




2017年 9月14日
〈原発の保安規定に東電の安全に対する姿勢を明記させるーーー東電が「経済性を優先して安全性をおろそかにしない」などと表明した姿勢を明記させーーー東電を所管する経産相が、東電が主体的に計画を進めることに異論がないとする見解を出すことを二つ目の条件とした〉
 13日の柏崎・刈羽原発再稼働への原子力規制委の「適合」判断についての朝日記事。柏崎支局長の論評も掲載。
 保安規定に言葉だけ「安全優先」を書かせ、廃炉は経産省の関与をやめて東電だけに押し付ける、これのどこが再稼働「適合」条件なのか。
 実際を上回る津波の到来も指摘されていたにもかかわらず対策を放棄し原発過酷事故を起こしても、東電は「想定外」として過失責任を認めず、告発された当 時の責任者らも刑事責任を認めようとしない。東電の柏崎再稼働審査申請は事故のわずか2年半後の2013年9月、「メルトダウン」という言葉すら使わな かった東電は福島事故になんの反省もせず申請したということだ。
 膨大な核燃料デブリの取り出しのめどは立たず、遮蔽壁の効果も未確定で廃炉の道筋も汚染水対策も進んでいない。福島で避難指定が「解除」されても戻る人 は少なく、法外な20mSvの帰還基準で帰還できない「自主避難者」への支援は打ち切り、甲状腺がんに罹患した多くの子どもたちは「放射線の影響は考えに くい」として原子力村の放射線医学者や物理学者を動員して切り捨てようとする。
 田中規制委員長は北朝鮮ミサイルについて「規制の範囲を超える」と対策をとっていないことを認め、「東京のど真ん中に落とした方が よっぽど良い」と放言してもその地位にとどまり、今回の「適合」を判断。原発をめぐる国、自治体、東電、原子力村そして規制委の無責任ぶりを象徴する言葉 だ。このままでは再び自然災害あるいは戦争でこの国は壊滅するだけだ。クリーンエネルギーにシフトして未来を拓くしか道はない。
《原子力規制委員会は13日、東京電力柏崎刈羽原発6、7号機(新潟県)の再稼働に向けた審査で、福島第一原発事故を起こした東電が原発を運転する適格性 を条件付きで認めた。原発の保安規定に東電の安全に対する姿勢を明記させるなどする。20日以降の定例会で、東電の小早川智明社長から確約を得た上で、新 規制基準への適合を認める方針だ。
ーーー




2017年 9月13日
 田中裁判長は「朝鮮総連と密接な関係にある」とした公安調査庁の国会答弁などを基に、文部科学相が除外を決めたと指摘。「就学支援金が授業料に充てられないとした判断に、裁量権の逸脱や乱用は認められない」と結論付けた〉
 政治にただ追従する酷い判決。日本の高等学校もこの国の政府と「密接な関係」にあり、様々な政治的統制のもとに置かれているが、その問題を厳しく指摘する判決は少ない。
 「就学支援金が授業料に充てられないとした判断」を裏付ける証拠もない。実際に支援して生徒が授業料を負担していないことを自治体が調べれば良いだけのこと。
 国が特定の国家に帰属する子どもたちを虐め、裁判官がそれに加担する。そうして差別と偏見が社会に増殖していく。大震災の虐殺慰霊を拒否した都知事もこの東京地裁も大局を見ずに対立を煽っているが、こういう姿勢では喫緊の課題を解決することも未来を拓くこともできない。
《朝鮮学校を高校無償化の対象から除外したのは違法だとして、東京朝鮮中高級学校(東京都北区)の卒業生62人が国に1人当たり10万円の損害賠償を求め た訴訟の判決が13日、東京地裁であった。田中一彦裁判長は「除外は不合理とは言えない」と述べて適法と判断し、原告側の請求を棄却した。原告側は控訴す る方針。ーーー




2017年 9月13日
〈「平和を願う遺族の気持ちに泥をかぶせられた。本当に残念だ。中には遺骨も残っており、その場所まで手をかけられている。なぜこんなことをしたのか、心境は分からないがひどすぎる」遺族会会長 與那覇徳雄氏〉
 軍部と政府の唱える「一億玉砕」「一億特攻」のもと、米軍が沖縄本島に上陸した1945年4月1日の翌日、読谷村の住民140人が避難し85人が「集団自決(強制集団死)」を強いられたチビチリガマ。その半数以上は子供たちだった。
 その遺品や千羽鶴、看板を打ち捨てる行為は犠牲者を二度死なせるごとき、死者とその遺族の尊厳を冒涜する重大な憎悪犯罪(ヘイトクライム)だ。87年に 建立された「世代を結ぶ平和の像」を「国旗燃ヤス村ニ平和ワ早スギル天誅ヲ下ス」として破壊したのは「右翼」だった。今回も、沖縄の地上戦における日本軍 による住民殺害や集団強制死による住民の犠牲を否定するものの犯行だろう。県警は徹底した捜査をすべきだ。
《72年前の沖縄戦で、「集団自決(強制集団死)」が起き、85人が犠牲になった読谷村波平のチビチリガマで、入り口や内部の遺品が壊されるなど何者かに よって荒らされていることが12日、分かった。遺族からの証言聞き取りや平和学習などを続ける知花昌一さんが同日午前11時ごろ、荒らされているのを確認 した。
 ガマの入り口の看板は近くのせせらぎを超えて十数メートル先に投げ捨てられ、平和学習で訪れた中高校生による千羽鶴は半分ほどが地面に放り出されていた。ーーー




2017年 9月12日
 桐生悠々の1933年8月11日の信濃毎日新聞社説「関東防空大演習を嗤(わら)う」を現在の北朝鮮ミサイルに対する避難訓練に当てはめた、桐生が一時勤めた新愛知新聞の後身にあたる中日新聞系の東京新聞10日の社説。
 桐生悠々の命日が9月10日にちなんだ記事だが、奇しくも前日に桐生祥秀選手が100メートル9.98をマーク。何かの吉兆だろうか。
 桐生は
「防空演習は、曾て大阪に於ても、行われたことがあるけれども、一昨九日から行われつつある関東防空大演習は、その名の如く、東京付近一帯に亘る関東の空 に於て行われ、これに参加した航空機の数も、非常に多く、実に大規模のものであった。そしてこの演習は、AKを通して、全国に放送されたから、東京市民は 固よりのこと、国民は挙げて、若しもこれが実戦であったならば、その損害の甚大にして、しかもその惨状の言語に絶したことを、予想し、痛感したであろう。 というよりも、こうした実戦が、将来決してあってはならないこと、またあらしめてはならないことを痛感したであろう。と同時に、私たちは、将来かかる実戦 のあり得ないこと、従ってかかる架空的なる演習を行っても、実際には、さほど役立たないだろうことを想像するものである。ーーー
 如何に冷静なれ、沈着なれと言い聞かせても、また平生如何に訓練されていても、まさかの時には、恐怖の本能は如何ともすること能わず、逃げ惑う市民の狼 狽目に見るが如く、投下された爆弾が火災を起す以外に、各所に火を失し、そこに阿鼻叫喚の一大修羅場を演じ、関東地方大震災当時と同様の惨状を呈するだろ うとも、想像されるからである。しかも、こうした空撃は幾たびも繰返えされる可能性がある。ーーー
 こうした作戦計画の下に行われるべき防空演習でなければ、如何にそれが大規模のものであり、また如何に屡しばしばそれが行われても、実戦には、何等の役 にも立たないだろう。帝都の上空に於て、敵機を迎え撃つが如き、作戦計画は、最初からこれを予定するならば滑稽であり、やむを得ずして、これを行うなら ば、勝敗の運命を決すべき最終の戦争を想定するものであらねばならない」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000535/files/4621_15669.html
 と、「関東防空大演習」で前提とされたこうした実戦は「あってはならない」「あり得ない」、そして演習は「役に立たない」と断じている。木造家屋の密集 する日本の都市は空襲により焦土化し関東大震災と同様の被害を被ること、精密爆撃に対して灯火管制は無意味であること、首都への大規模空襲という時点で戦 局は敗北を喫していること。桐生が特に強調するのは「帝都の上空に於て、敵機を迎え撃つが如き」作戦計画はこの国の崩壊を想定する極めて無謀なもの、従っ て実際には「あってはならない」という警告だろう。
 しかし残念ながら桐生はこの社説によって信濃毎日を追われ、その後この国の「役に立たない」演習は竹槍訓練やバケツリレーへと一層陳腐さを増して国民に 強制され拡大し、わずか12年で「あってはならない」「あり得ない」ことが沖縄の地上戦と東京はじめ各都市は空襲により焦土となって現実化した。
 いま北朝鮮のミサイルに対して行われている訓練は、首都東京や主要都市、米軍基地がある沖縄など各地域そして原発が立地する町をはずして、大都市の交通も経済も原発も基地周辺の活動も一切止めずに行われている。
 腐敗や政治の私物化で支持が脆弱となった政権は対外危機を国民に煽ることで批判をかわそうとする。あまり煽りすぎると、原発の危険性や外交手段の枯渇が国民に見透かされる。その中間のまさに中途半端な対応が今の避難訓練だろう。
 桐生が嗤った「関東防空大演習」は首都東京で行われただけまだマシだ。それでも先人たちはこの国が太平洋戦争に突き進んで破滅することを避け得なかった。同じ過ちを繰り返してはならない。外交と対話以外にそれを避ける方法はない。
《北朝鮮が弾道ミサイル発射を繰り返し、国内では避難訓練も行われています。かつて関東上空での防空演習を嗤(わら)った桐生悠々なら何と評するでしょうか。
 きょう九月十日は明治後期から昭和初期にかけて健筆を振るった反骨のジャーナリスト、桐生悠々の命日です。太平洋戦争の開戦直前、一九四一(昭和十六)年に亡くなり、七十六年がたちます。ーーー




2017年 9月11日
「沖縄には大量の核兵器がありました。全世界を破壊できる規模です」元アメリカ兵
「極東の空軍能力を増強せよ。緊急時の使用に備えて、核兵器を沖縄に配備する」1953年国家安全保障会議(NSC)でアイゼンハワー大統領
「24時間体制で常に4機の戦闘機が核爆弾を搭載して出撃に備えていた」元米空軍戦闘機パイロット ノーマン・バタグリア氏(84)
「沖縄は極東で最も核兵器が集中する拠点」「ソ連の爆撃機が10メガトンの核攻撃を沖縄に仕掛けてくる」1958年アメリカ『沖縄ミサイル防衛計画』
「もしも核爆発していたら那覇は吹き飛んでいた。沖縄の人々は(核ミサイル)事故のことを知る権利があると思う」1959年の那覇でのナイキ・ハーキュリーズ(核ミサイル)事故について元ナイキ部隊兵士ロバート・レプキー氏(81)
「馬鹿げた戦争や演習はもうやめてください。9ヶ月になる子を抱えてこれからどうして暮らしていけと言われるのですか」1960年模擬核爆弾事故で亡くなった石川清鑑さん(当時28)の妻ツネ子さんの米軍への手紙
「沖縄へのメース(核ミサイル)などの持ち込みをいちいち事前に発表しないことはできないか」小坂善太郎外相 「なんらかの発表をすることは必要と考え る」ラスク国務長官 「事前に発表されると、なぜ持ち込むのかといって日本政府が責められる」小坂 (1961年 外相・国務長官会議録)
「怒りが湧いてくるね。唯一の被爆国の外務大臣か」沖縄立法院議員古堅実吉さん(88)
「ターゲットは中国でした。DEFCON2(核戦争準備態勢)となり、私たちはメースBの発射準備を行いました。司令室から出ることは許されませんでし た。もしDEFCON1(核戦争突入)になれば直ちにメースBを発射するのです。世界中で不安が広がっていましたが、私たちの緊張は別次元でした」 1962年キューバ危機に際して沖縄の核ミサイル基地に勤務していた元兵士ロバート・オハネソン氏(74)
「3人で最高機密の任務に就き、韓国の基地にプルトニウムを移送した。私は輸送機の窓の外を眺めながら考えていました。これは本当に戦争が起きるんだろ う、と。家族(嘉手納基地で暮らす妻良子さんと三人の子供)には二度と会えないと思っていました。(ーーー世界が終わるから?ーーー)世界が終わるという より、沖縄が終わるだろうと思っていました。私たちと同じようにソ連も核兵器を持っていましたから。アメリカ軍の最重要基地である沖縄を攻撃しないはずは ありません」同じ時沖縄の核ミサイル基地に勤務していた元核兵器整備部隊兵士ポール・カーペンター氏(78)
「日本とアメリカは(核)密約の重要性を認識していた。核を沖縄に持ち込まないのなら他の場所を探さなければならない。結局彼らは沖縄を選んだ。それが日 本政府の立場だった。公にはしないだろうが」2016年NHKの電話取材で1969年沖縄返還時の「核密約」に関して当時の国務長官レアード氏
 10日のNHK「スクープドキュメント 沖縄と核」という衝撃的なドキュメンタリー。
 戦後米国統治時代と本土復帰後の沖縄が一貫して日本政府の了解のもとで米軍により世界有数の「核の島」=核基地化していた事実。一昨年の国防総省の核兵 器配備の公式認定と機密解除ののち、米国そして日本の各種資料の丹念な掘り起こしと元アメリカ兵への独自取材により問題の核心に迫っている。
 朝鮮戦争とソ連水爆実験の後1953年アメリカ大統領アイゼンハワーは核兵器の沖縄配備を決定し、沖縄伊江島で土地接収によりブルドーザーで家屋を壊し ガソリンで畑を焼いて爆撃場が作られ、以後模擬核爆弾を使用した米空軍戦闘爆撃機の「LABS(低高度爆撃法)」による爆撃訓練が繰り返されることになっ た。このドキュメンタリーは未公開映像と機密文書1500点を独自に入手しさらに元米軍兵士への取材を重ねて、このアイゼンハワーの決定後米軍の核ミサイ ル基地化する沖縄の衝撃の事実を明らかにしている。
 1950年代に海兵隊はソ連に対抗するため「核兵器での武装化」(1955年海兵隊文書)を図り、核ロケット砲「オネストジョン」の本土配備を計画する が、1954年のビキニ水爆実験による核反対運動により断念し、本土の基地を米軍統治下の沖縄に移転させながら1958年沖縄への核兵器配備を住民に知ら せることなく実施した。それにより沖縄の基地は増加して50年代末には従来の2倍となり、沖縄本島面積の4分の1を占めるに至り、住民は核兵器と隣り合わ せの生活をそれと知らされずに送ることとなった。
 さらに1957年ソ連のICBM実験成功のあと米軍「沖縄ミサイル防衛計画」では沖縄の米軍核基地を攻撃するソ連爆撃機を迎撃するための核ミサイル配備 が計画され、核ミサイルのナイキ・ハーキュリーズ(20キロトン)を8箇所に配備し基地はさらに拡大した。また、それらの核兵器を貯蔵する施設として嘉手 納、那覇、辺野古に弾薬庫が作られた。
 1959年6月19日那覇の基地で核弾頭を搭載したこの核ミサイルの誤発射事故があり兵士1名が死亡するが、米軍は「アメリカの国際的地位を低下させ る」としてこの事故を極秘として封印した。NHKは元ナイキ部隊兵士ロバート・レプキー氏を米国に取材し、さらに米軍ナイキ部隊の日報を読み込んでこれら の事実を明らかにしている。
 1960年岸信介首相は日米安保条約締結時に核持ち込みの事前協議に「沖縄を含まない」とする密約を結び、沖縄の核兵器を容認してその抑止力に依存する という、沖縄戦、米国統治に続く沖縄の三度目の「捨て石」化を実行した。この年9月投下された模擬弾により伊江島の石川清鑑さん(28歳)が死亡する事故 を起こし米軍は真相を伏せたが、番組は米国でこの訓練に従事したパイロットらを取材、米側資料により誤って投下された模擬核爆弾によることを明らかにし、 石川さんの1人娘、與儀京子さん(58)にも取材している。
 1960年代米軍はさらに強力な核ミサイルを沖縄に配備、メースBは射程2400キロ、1メガトン(広島原爆の70倍)の弾頭を持つ。米軍は核兵器であ ることを伏せて配備を発表するが沖繩紙は米国取材で核ミサイルと報道、琉球政府立法議員団は日本政府に配備中止への協力を要請したが、それを受けて外務大 臣小坂善太郎のラスク国務長官との会議録では「日本政府が責められる」と配備の撤回ではなくその非公表だけを打診している。1962年沖縄にメイスBの四 つの発射基地が完成、ソ連、中国への核ミサイル攻撃を任務とする。
 そこに起きたのがキューバ危機で、番組は複数の核ミサイル担当の元兵士を取材して米国とソ連、キューバだけでなく当時核兵器基地としての沖縄が核戦争の 瀬戸際に直面していた事実を明らかにしている。「核ミサイル発射装置はHOT(いつでも発射できる状態)だった」「私たちの緊張は別次元」「最重要基地で ある沖縄を(ソ連が)攻撃しないはずはない」「沖縄が終わるだろうと思っていました」と語る元米兵たち。かろうじて危機は回避されたが、その後も沖縄への 核兵器の配備は増加し、ピークの1967年には1300発の核爆弾数に達した。
 他方で沖縄では核兵器撤去と本土復帰を求める声が高まり1969年沖縄返還合意が実現、佐藤首相は核兵器撤去も約束するが、再び緊急時の核の沖縄への持 ち込みとそのための嘉手納等の弾薬庫を維持する密約を結ぶ。「彼らは沖縄を選んだ。それが日本政府の立場だった」と国務大臣レアードは昨年述べている。
 沖縄を本土防衛のための「捨て石」とする、第二次大戦以来変わらないこの国の政府の姿勢。外務省は「核密約は現在失効」「いかなる場合も核持ち込みは拒否する」としているが、この国の政府の長きにわたる隠蔽体質と沖縄を捨て石と考える姿勢は変わらないと思える。
 キューバ危機でも、現在の北朝鮮危機でも、米軍基地(と核兵器)の集中する沖縄が標的にされることに変わりはない。広島、長崎を経験したこの国は核兵器 の悲惨さとその廃絶を世界に向けて唱えるほか、犠牲者を弔い再び犠牲者を出さない方法はない。相互に大量破壊と絶滅で威嚇し合う危うい「核抑止」は、しか も一地域にのみその過大な負担を押し付けてみずからの安全を手にするという虚妄は「唯一の被爆国」には許されない。このドキュメントは多くのことを私たち に突きつける。
 
《45年前の本土復帰までアジアにおけるアメリカ軍の“核拠点”とされてきた沖縄。これまで、その詳細は厚いベールに包まれてきた。しかし、おととし、ア メリカ国防総省は「沖縄に核兵器を配備していた事実」を初めて公式に認め、機密を解除。これを受け、いま「沖縄と核」に関する極秘文書の開示が相次ぎ、元 兵士たちもようやく重い口を開き始めた。そこから浮かび上がってきたのは、“核の島・沖縄”の衝撃的な実態だ。1300発もの核兵器が置かれ、冷戦下、東 西陣営の緊張が高まるたびに、最前線として危機的な状況に置かれていたこと、さらには、「核」の存在こそが、沖縄への米軍基地集中をもたらす要因となって いたという新事実・・・。
1950年代から急速に部隊の核武装化を進めようとしたアメリカと、国民の見えない所に「核」を欲した日本、両者の思惑の中、“唯一の被爆国”の番外地と して、重すぎる負担を背負うことになった沖縄。新資料と関係者への証言から、沖縄と「核」の知られざる歴史に光をあてる。》




2017年 9月7日
「何で日本軍に殺されなきゃならんかね」「3人とも真っ黒に焼かれて、頭がなかったですよ。殺した証拠として持って行ったんでしょう」
「赤ん坊まで殺す必要があったのか」「米軍と戦おうともせず、島民を殺したひきょう者」
〈住民の恐怖は、島に派遣された上官の説得で日本兵が投降した9月7日まで続いた。事件を研究し、2010年に「久米島の戦争」を著した島出身の島袋由美 子さん(78)は家族全員が日本兵が作成した「殺害リスト」に含まれていたという。「負けるはずはないという思い込みと、上官の命令は“絶対”という軍の 体質が虐殺につながった」とみている〉
 8月15日の終戦後も日本海軍通信隊によって9月7日まで住民殺害が続いた沖縄久米島の史実を伝える記事。
 6月23日沖縄本島での組織的な戦闘が終わり、3日後久米島に上陸する米軍に艦砲射撃を中止させ、島の通信隊に投降を呼びかけようとした島出身の海軍兵 捕虜仲村渠さん。日本兵は山中に隠れ、スパイとみなして仲村渠ら家族と島民を子供も含めて20人を殺害した。米軍と戦うことは避けて島民を殺害し続けた部 隊。この犯罪に関わった隊員たちは戦後なんら裁かれてはいない。わたしたちが忘れてはいけない歴史。
《1945年、沖縄で大規模な戦闘が終結した後から8月の終戦後にかけて、住民が殺害され続けた地域がある。那覇市の西100キロに浮かぶ久米島。日本兵 が住民を米軍のスパイとみなし、乳児を含む計20人の命を奪った。島にいた最後の日本兵が投降してから、7日で72年。悲劇は島で今も語り継がれてい る。ーーー





2017年 9月7日
 人類最古の国家エジプト初期王朝は紀元前3500年頃、メソポタのシュメール初期王朝は紀元前2900年頃成立と言われる。
 人類が国家を建設してまだ5千年ほど。その間同じ土地に続いた王朝や国家はない。政体や領域の変遷を見ても、300~400年間同じ国が継続するのも珍しい。
 原発廃炉で出る放射能レベルが比較的高い廃棄物(L1)を電力会社に70メートル以下の地層に300~400年間管理させ、使用済み核燃料など高レベル放射能廃棄物は300メートル以深の地殻にL1とともに10万年間政府が管理。
 原子力発電は1956年イギリスのコールダーホール原子力発電所(2003年閉鎖)で始まってまだ60年余りで過酷事故と撤退や斜陽化が急速に進む。人 類の一部がたった100年たらずの期間電気を「安価」に使うために、10万年先の子孫まで「核のゴミ」を押し付け続ける愚かしさ。核兵器とともに20世紀 の人類が作り出してしまったが、未来に禍根を残さないように封印・解決すべき「原罪」だろう。
 高レベル放射能廃棄物はおろか、L1、L2も埋設場所は決まっていない。省エネと自然エネルギーの拡大などで国内電力需給は原発なしでも足りている。原 発再稼働や海外輸出など即刻やめて、福島第一事故処理と廃炉技術の確立、各レベル廃棄物の処理方法と処分場の具体化に政策を統一すべきだ。
《原子力規制委員会は31日、原発の廃炉で出る放射性廃棄物のうち、原子炉の制御棒など放射能レベルが比較的高い廃棄物(L1)の処分の基本方針を決定し た。地震や火山の影響を受けにくい場所で70メートルより深い地中に埋め、電力会社に300〜400年間管理させる。その後は国が引きつぎ、10万年間、 掘削を制限する。これで、放射能レベルの高いものから低いものまで放射性廃棄物の処分方針が出そろった。ーーー






2017年 9月7日
〈「寝る前に『みいちゃん、かわいいなぁ』って言うんです」
ーーー14年、生後まもない一絆君を養子に迎えた。実母とも心でつながっていたいと、名前には「絆」の文字を入れた。「天使が舞い降りたみたい。人生がバラ色に変わった」と裕勇さんはいう。
 それから2年。一絆君にきょうだいをと考えていたところ、団体から「ダウン症のお子さんを受け入れてくれますか」と聞かれた。藍子さんは「もちろんです」と迷いなく答えたーーー〉
 血縁がなくとも人は家族を作れる。一絆(いっき)、心絆(みいな)は心の絆。様々な事情で二人の子を迎え育てる若いご夫婦にこちらも心を洗われる思い。血縁があろうとなかろうと、そして障害があろうとなかろうとこうした家庭が安心して営める環境を作るのは社会の役割。
《結婚から2年、夫が無精子症だと分かった。障害のある子を授かる可能性についても話し合った上で不妊治療、そして特別養子縁組へ。「妹」として2人目に 迎えた女の子はダウン症で成長はゆっくりだが、一家の「癒やし系アイドル」だ。そんな事例から、実父母が育てられない障害児の育ちをみんなで守っていくこ とについて考えたい。(山本奈朱香)
 「寝る前に『みいちゃん、かわいいなぁ』って言うんです」
 奈良県橿原(かしはら)市の自宅で、樋口藍子(らんこ)さん(32)が、長男の一絆(いっき)君(3)と生後10カ月の心絆(みいな)ちゃんを見てほほ えむ。心絆ちゃんはダウン症で成長はゆっくりだが、最近は笑顔が増えてきた。藍子さんいわく「わが家の癒やし系アイドル」だ。
 藍子さんと夫の裕勇(ひろとし)さん(35)が結婚したのは2010年。なかなか子どもを授からず、検査を受けたところ、裕勇さんが無精子症だと分かった。「何も手につかなかった。一生子どもを抱くこともないんかな、と思った」と振り返る。ーーー






2017年 9月7日
 日記がわりに。
 暑さも過ぎて3日の日曜は6週ぶりに阪急で甲山、武庫川を超えて梅田に出る。中崎町clicoのテラスと蔦のカフェを巡り、グランフロント地下の店でバケット買って帰宅。
 5日は灘区役所で高齢者集団検診を初めて受ける。自分もだがジジババばかりかと思っていると、ベビーカーの幼児連れの若い人も同様の検診らしく同じ列に並んで幼児とよく目があった。
 昼に三宮に出て先日メリケン波止場入り口で見つけたハイジというキッチンに入る。なぜ港にハイジ?だが、よく見るとHAJI。野菜の多いローストなんと かをいただく。お客は若い娘さんたちばかり。久しぶりに古い町並みの栄町通りを歩くと数カ所が更地になりビルも立っていた。
 帰路小道のカフェで「大人のお子様ランチ」のたて看板。子供の頃時々映画館があった大丸で映画を見てお子様ランチを食べたことを思い出す。


2017年 9月5日
「これまでになく危険になった」「忍耐に限界がないわけではない。我々は同盟国と領土を守る」ヘイリー米国国連大使
 米国連大使も安保理も何か大きな誤解をしているのではないか。
 NPT(核不拡散)条約はいま191カ国が加盟し、未加盟は核保有国インド、パキスタン、イスラエルと2003年(初回1993年)に脱退した北朝鮮である。 
 条約は第10条で「この条約の対象である事項に関連する異常な事態が自国の至高の利益を危うくしていると認める場合には、その主権を行使してこの条約から脱退する権利」を認めており、一般に国際条約はその効力の及ぶ範囲を条約加盟国、締約国に限定している。
https://www.jaea.go.jp/04/np/archive/infcirc140/
 核実験を全面的に禁止するCTBT(包括的核実験禁止)条約は157カ国が批准しているが米、中、イスラエルは署名はしたが批准せず、インド、パキスタン、北朝鮮などは署名すらせず、核保有国など発効要件国44カ国の批准に達せず、未だに正式に発効していない。
 にも関わらず、国連安保理は北朝鮮に条約脱退の再検討要請(1993年安保理決議825)、弾道ミサイル発射非難(2006年決議1695)、核実験非 難(2006年決議1718)の諸決議や議長声明を行ってきた。最新のものは29日の弾道ミサイルに対する同日の議長声明と今回の水爆実験に対して提起さ れる模様の決議だ。
 こうした非難決議の根拠は脱退を認めるNPT条約自体にはない。もし根拠となるのなら未加盟のインド、パキスタン、イスラエルも同じように非難されるべ きだし、核軍縮に消極的で核兵器を維持しCTBT条約を拒否し続ける安保理常任理事国も厳しく非難されなければならない。
 例えば米国は国際海洋法条約にも国際刑事裁判所にもクラスター弾禁止に関する条約にも参加しておらず、子どもの権利条約を批准していない唯一の国連加盟 国であり、現在トランプはパリ協定からの脱退も示唆している。様々な国際条約に自分勝手に参加しない国が、ある条約から脱退を表明した国に「忍耐に限界」 とは、聞いて呆れる。
 NPT条約は米・露・中・仏・英の五カ国を核兵器国としているが、この五カ国は同時に国連安保理の常任理事国でもある。この常任理事国の自国の核保有は維持しながら他国の核保有は認めないというダブルスタンダードは果たして許されるのか。
 同条約は第6条で「核軍備競争の早期の停止」と「効果的な国際管理のもとで全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約」への交渉を義務付けている。核兵器五 カ国の核軍縮は1987年の欧州中距離核戦力全廃(IMF)条約と1991年の第一次戦略兵器削減(START I)条約で米ソ(ロ)の戦略核を6000発に制限、さらにそれを1550発とする新戦略兵器削減条約(新START)が2010年オバマ、メドベージェフ 両大統領により合意され翌年批准、発効した。しかしこれは旧式戦略核の廃棄であり、依然として両国は北半球の主要都市すべてを壊滅させる弾頭数を維持して おり、米国もロシアも莫大な予算を投じて核戦力の近代化を推進してもいる。
 その事態に業を煮やしてこの7月国連加盟122カ国は全ての核兵器の開発、製造、所有、使用そして威嚇を違法化する国連核兵器禁止条約を成立させるに 至った。もし一国の核実験や弾道ミサイルに対する非難や制裁が正当であるとすれば、それらが国際社会がもっとも大切にする普遍的理念と国際慣習法を根拠と しているからであるだろう。この安保理常任理事国にして核保有五カ国はいずれも国連核兵器禁止条約に参加しなかったが、核兵器の製造や所有、使用そして威 嚇がたとえ条約未加盟国であってもこうした国際慣習法、国際条約の重大な違反であり得るということをこれらの安保理非難決議や声明は示している。
 「忍耐に限界」(ヘイリー)「米国は25年間、北朝鮮との対話を続けるとともに金をゆすり取られてきた」(トランプ)などと粗雑な言葉を並べるのではな く、米国は直接北朝鮮と交渉して問題を解決すべきだろう。その際他国に核兵器廃絶を迫ると同時に自国の核戦力を削減するNPT条約が科す義務を誠実に果た すべきだろう。他国の核兵器を廃棄させるために戦争、ましてや核戦争を行い、韓国、北朝鮮、日本を灰燼に帰すことなどあってはならない。





2017年 9月4日
「虐殺をなかったことにしないで下さい 何度も殺さないで下さい」
 都知事が「特別な形で提出することは控える」として関東大震災下で虐殺された朝鮮人追悼集会への追悼文送付さえ拒否するのは、「虐殺」自体がなかったとしてその人々を二度殺す行為。94年後の現在も続く在日の人々や韓国・北朝鮮への憎悪、蔑視に繋がっている。 
 1日の横網公園での追悼集会とその横で行われたレイシストグループの集会を在日コリアン3世の大学院生の視点で取材した記事。そのレイシスト集会は許可 し追悼文は拒否した小池知事の行為は彼らにお墨付きを与えた。歴史を知る、学ぶことの大切さをこの社会が忘れるならネット空間やヘイトデモだけではなく現 実の虐殺・憎悪犯罪がふたたび繰り返される。首都直下地震は待った無し。こういう都政はやめさせなければいけない。




2017年 9月2日
「トーキング烏山神社の椎ノ木ブルース」の中川五郎氏のインタビュー記事。
 私は千歳烏山の隣駅に近い学校に9年通っていたが、そこで94年前の9月2日京王線工事のために移動中の朝鮮人労働者13人が地域の自警団によって虐殺されたことは不覚にも知らなかった。それを題材に中川氏が歌を作ったことも。
https://www.youtube.com/watch?v=YeEOBiyycfY
 この国は大洋に面した火山島であり、火山噴火や地震、津波そして台風など巨大な自然災害にどう向き合い、備えるかは社会の大きなテーマだろう。同時に、 そのような自然災害においてライフラインや情報網が寸断され被災地が孤立する中で相互の助け合いではなく、デマ・流言飛語によって潜在していた憎悪や差別 心がむき出しになり特定の人々への迫害や殺戮が広範に起きたとしたら、それを二度と繰り返さないためにその事実と向き合い記憶し続けて、社会からそのよう な行為の原因となるものを取り除く努力を続けることが大切だ。そのデマや流言をいっときとはいえ内閣や軍隊、警察までが鵜呑みにしてその虐殺に関与し加 わったとしたらなおさらだ。
 それが94年前関東大震災で実際に起きた。内閣府中央防災会議の調査でもそれは明らかにされている。
http://www.bousai.go.jp/…/1923_kanto_daishinsai_2/index.html
 東京都の知事がそれを認めようとしない、朝鮮人犠牲者への追悼を拒否するということに恐ろしさを感じる。今後来るであろう首都直下地震に際して繰り返さ れるデマや流言に東京都はどのように対応するのだろうか。過去の問題をきちんと検証しない組織はふたたびそれを繰り返す。
「犠牲者を被害者を弔うためではなく、加害者をねぎらうために植えられたこの椎木、、、90年後同じことが繰り返されるこの国を見て椎木は一体何を思うのか」
 この心にしみるバラッドを歌い続ける中川氏に敬意を込めて。
〈「怖いことです。僕も住んでいたからこそ分かるんですが、千歳の村でかばい合う意味での絆があったんでしょうね。身内の団結というか、例え誤ったことで もそれは地元のためにやったことだからと正当化してしまう。内向きでそれを正義にしてしまう。日本の恐ろしい所、この国が犯して来た過ちです。これを歌わ なければと強く思ったわけです」
本が出たのが2014年3月で5月にはもう曲を作っていた。烏山で起きた事件をひとつの物語としてろうろうと歌い上げるバラッドは実に17分49秒におよぶ大作となった。
「でもね」と続ける。「僕が歌っているのは、94年前のことではなく、今の日本のこと。事件は過去のことでも現在と未来のことを歌っているんです」
一時ほどではないにせよ、白昼堂々と「朝鮮人を殺せ」と叫ぶヘイトスピーチが横行し、それらを企んだ人物が政党を作った。一年前には相模原の障害者施設で19人が殺害される事件が起こった。
「自分たちと異なる人たち、出自を外国に持つ人であったり、障害を持つ人たちとこの国で共に生きようとするのではなくて排除しようとしている。そんなひどい社会になっているじゃないですか」
そして関東大震災の虐殺については、歴代都知事が行って来た朝鮮人犠牲者の追悼式に対する追悼文を小池百合子都知事が、約6000人という犠牲者の数に疑義を呈して今回は見送ると表明した。
「ああいう歴史修正が恐ろしい。小池知事は東京大空襲や広島、長崎の被害の数字にはこだわりは見せていないじゃないですか。それでいて関東大震災の虐殺に ついては数字から事実ではないのではないかという言いがかり。仮にその数字に信憑性がなかったとしても、例え犠牲者の数が少なかったとしても、デマがあっ て自分たちと違う人々がそれを理由に殺されたという悲惨な出来事自体はあったわけです」
「都知事の立場ならば、かつて東京でそういう事件が起こったということ、数字の正確さよりもそれを二度と繰り返さないという誓いを言わないといけないと思 うんですよ。ところが、数字の問題にすり替えて、あった事実をゼロにしてしまう。知事が追悼の言葉を送らないなんて考えられないですよ。恐ろしい時代に なって来ました。そのおかげで僕はこの年になって歌いたいことがどんどん出て来ました」〉




2017年 9月2日
 このところ朝夕は涼しく快晴、久しぶりにハーバーランドに出る。umieのフードコートで蜂蜜ピザ、これも久しぶりにmozaikスタバのデッキ。明日まで神戸よさこい祭とかで踊りと音楽で賑やか。帰りにハーバーランドを歩き大丸地下で明石産皮剥見つけて帰宅。美味。



 


2017年 9月1日
 昨年9月北野の西にある「神戸市立海外移住と文化の交流センター」を訪ねた際の写真を再録。
 ここは1928年に設立され1971年閉鎖された国立移民収容所(移住センター)を、日本人の海外移住の歴史を継承する施設として神戸市が保存している。
 全国からの海外移住者はここに集まり、講習の後神戸港からの船でブラジルなどの新天地を目指して旅立った。多くの移民を送り出した町はまた海外からの移住者も多く住む町でもある。
 今年開港150周年を迎える神戸は1868年以来様々な外国からの移住者を受け入れてきた町であり、展示されている説明パネルには1995年の阪神淡路大震災時とその後の外国人市民と日本人市民の交流の様子やNPOと自治体の取り組みも紹介されている。
 市内の朝鮮初中級学校や中華同文学校などの外国人学校は駆け込んだ近隣住民に校舎を避難所として開放し食事を振る舞った。神戸朝鮮初中級学校と近隣住民 はそれまで交流がなかったが、数カ月に及ぶテント生活での交流の結果、住民と支援者の働きかけで道路に信号機が設置されスクールゾーンとされたというエピ ソードも記されている。
 震災後、被災外国人によってまたは被災外国人のために「兵庫県外国人学校協議会」など多くのNPOが立ち上がり、兵庫県も「外国人県民復興会議」を開催 した。この協議会は当時「各種学校」として受験の門戸を閉ざされていた外国人学校卒業生の大学受験を2000年までに県内すべての公立大学で実現し、京大 を皮切りにすべての国公立大学の受験へと繋がった。また、NPOと自治体により「定住外国人のための多言語生活ガイド」などが生まれ全国に波及していっ た。
 パネルはまた移住者の高校受験や医療受診時の言葉の壁、日朝関係緊迫時の朝鮮学校校門への赤ペンキ塗布など外国にルーツを持つ市民に対する差別や対応不 足が残る現実も指摘する。しかし、「多様性がプラスとして生かされる仕組みが不可欠」「多数派にのみ快適な社会ではなく」「地域住民として対等で調和的な 関係が築かれる社会」を謳っているのは自治体としてのあるべき姿だろう。神戸市議会と兵庫県議会は不祥事続きだが、この姿勢はぜひ維持させたい。

 


2017年 9月1日
「僕は東京・大久保で生まれ育った。在日の級友も多かった。そんな多様性が大久保の誇りだし、東京の醍醐味だ。でも差別がまかり通るようでは、マイノリティーの人たちは安心して暮らせない。そして、民族差別がもたらした最悪の事態が虐殺だった」作家・加藤直樹さん
「天災と人災は違う。そういう歴史から小池知事は目を背けている。
 流言にあおられて朝鮮人を殺した日本の人たちも、われに返れば罪悪感にさいなまれたはず。その思いを託されたのが追悼式。それなのに「六千人虐殺に根拠はない」と主張する人たちは、日本人に逆に泥を塗っているように見える」主婦・申静子さん
 失敗に学ばない組織はまたその失敗を繰り返す。
 大震災時のデマに煽られた究極の憎悪犯罪である関東大震災時の朝鮮人、中国人などの虐殺事件。94年後、在日の人々へのヘイトデモが繰り返されてきた東京で、知事がこれまで続けてきた9月1日の大震災時の朝鮮人犠牲者追悼を拒否。
 小池知事はかつて国会議員の時に朝鮮学校への補助金停止を提案し、都知事となってからは都の補助金支給停止を継続、さらに前知事が進めていた韓国学校への土地貸与を「都民ファースト」の名の下に撤回した。その差別的姿勢が顕現したのが今回の問題ではないか。
 1995年の阪神淡路大震災では全国有数の外国人コミュニティーがあるここ神戸などでは他民族への差別ではなく、分け隔てのない救助と共助、情報弱者へ の支援の姿などが見られたとされる。しかしこの間インターネットの普及もあり大地震の際に心無いデマがSNSなどで拡散している現実もあり、また他民族へ の憎悪を煽る言説もネットには溢れている。
 民族的差別に親和的な都知事の存在は、来るべき首都直下地震に際してふたたび心無いデマにより少数の居住者に対して理不尽な差別と迫害を再起させるので はないか。それとも巨大な自然災害に直面した人々の間で分け隔てない支援と助け合い、共助が行われるのか。とても人ごとではない。
《東京都の小池百合子知事が、9月1日に営まれる関東大震災の朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文送付を今年からやめた判断に、波紋が広がっている。式が開かれ る地元の墨田区長も追悼文の送付を断るなど、追随する動きも出ている。小池氏らに再考を求める作家と在日コリアンが、懸念の理由を語った。ーーー





 






                                                                                                                                                                
  
     





























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