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2021年11月30日
日記がわりに11月京都行き前を記録。
18日快晴で岡本のグリーンフィールドのテラスでグラタンと飲める内のビール。和歌山の野菜が美味。住吉うはらの湯に浸かり食材買って帰宅。
20日ひと月ぶりに元町nomadikaで丹波鳥を頂き大丸地下でカワハギ見つけて帰る。翌日は紅葉の神大を抜けてil ventoでマルゲリータを食べ、駅前で食材買って運動がわりに神大構内を歩いて帰る。裏手の桜も晩秋の様子。
          


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2021年11月30日
・都道府県別の人口100万人当たりの新型コロナ死者数を比べると、大阪府は347.60人と飛びぬけて多い(11月24日現在・札幌医科大学医学部 附属フロンティア医学研究所データより)。全国平均の2倍以上だ。夏の第5波で医療崩壊が際立った東京都は227.28人と大阪府より100人以上少ない。大阪府の次に死者数が多いのは、観光での流動人口が大きく、寒冷で高齢者施設や医療機関でクラスターが数多く発生した北海道で280.38人。その次が観光立県の沖縄で273.92人。大阪の隣の兵庫県の255.40人とつづく。
・4月1日から5月20日までに全国でコロナ感染者2870人が亡くなっているが、そのうち大阪府内の死者数は884人と、全体の30.8%を占めた。感染者の「入院率」は、わずか10%まで落ちる。医療の受け皿がなく、自宅療養もしくは入院・療養等調整中で自宅待機を強いられた人の数は、5月半ばに1万8000人を超える。そのころの大阪の人口当たり2週間累計の死亡者数は、米国やインドよりも多く、世界最悪の水準に近かった。
・2021年2月19日、吉村知事は、もう我慢も限界とばかり、2度目の緊急事態宣言を、2月末をもって解除するように国に要請すると発表した。「飲食店にとって1日1日が死活問題。感染の爆発的拡大や医療崩壊を防ぐことが(宣言の)趣旨であり、解消されれば解除すべきだ」と記者団に語る。飲食業界は「大阪維新の会」の支持層とも重なる。ーー維新と太いパイプを持つ菅義偉前首相は、吉村氏の要請を受け入れ、東京・神奈川・千葉・埼玉の1都3県よりも3週間も早く、大阪府の宣言を解除した。しかし、その時点で感染者数も、重症病床使用率も十分に下がってはいなかった。
・大阪の感染者数は、第1波の宣言解除後には7日平均でゼロまで減った。2020年夏の第2波の後も40人台に下がったが、2021年2月の2度目の宣言解除後は70人台より下がらず、3月9日には100人を超える。リバウンドがあまりに早い。感染者数が、一気に増えても、吉村知事は「まん延防止等重点措置」を適用。3度目の緊急事態宣言が発出されるのは4月25日まで待たねばならず、すでに感染爆発状態だった。
・大阪の医療崩壊を早めた要因は、保健・医療体制の2つの弱点によると考えられる。第一に、感染者の早期発見・隔離の重責を担う保健所の対応能力の不足だ。ーー2つ目の弱点は、治療の最後の砦である重症病床の確保の難航である。そもそも大阪は、重症患者に必要な人工呼吸器やエクモ(体外式膜型人工肺)の治療ができるICU(集中治療室)の数が多くない。
・大阪府・市の医療崩壊は、もともと手薄な保健・医療体制が引き起こしている。誰が、そのような状況に追い込んだのか。ーー大阪の維新府政は「二重行政の廃止」「行政のスリム化」を訴え、医療・衛生部門の職員の数を減らしてきた。公的病院の大阪赤十字病院や、済生会千里救命救急センターへの補助金を打ち切っている。ーー大阪府の惨状は、「小さな政府」を志向し、改革、効率化の謳い文句で医療の公的支えを弱めてきたことに起因する。
 「雨合羽」や「イソジン」など出鱈目な対応で大阪を全国最悪のコロナ感染と死者、感染者の自宅放置に陥れた、2010年結成で翌年府議会多数派を形成し府知事・市長を独占して以来の維新政治の問題点を冷静に分析したノンフィクション作家山岡 淳一郎氏の記事。
 「身を切る改革」を唱えながら、2020年分の政治資金収支報告書による政党交付金依存率で自民党が71.7%(172億6千万円)、日本維新の会は最大の80.2%(18億5千万円)。
 先の衆院選10月31日が選挙の投開票日でその1日だけで月100万円の文書通信交通滞在費支給を「どうやら1日だけでも国会議員の身分となったので、10月分、100万の札束、満額支給らしい。領収書不要。非課税。これが国会の常識。おかしいよ」とツイート批判しながら、自身の2015年府知事選出場に際して10月1日付で衆院議員を辞職し在職日数1日で満額100万円を受け取っていた副代表吉村知事。
 こういう輩の「身を切る改革」とは、保健所と公立病院などの統合・削減で府民、市民への医療と福祉を犠牲にしながら、みずからと身内には甘い愚かな標語にすぎない。衆院選では兵庫で1人当選、選挙区で敗れた8人も比例復活し9人が衆院議員となった。この記事も指摘するように、府民884万人と全国の8%にも満たない大阪で、新型コロナ第四波で亡くなった全国2870人の三割超の死者数884人の死者を出した反省も、死者やその家族への哀悼の言葉もまったくない。大阪は今も東京を超えた全国最多の感染者を出し続ける。この先維新が自公と連んでこの国がますます衰退していくのはまさに悪夢。
《総選挙で議席を大きく伸ばした「日本維新の会(以下、維新)」は、改憲論議に火をつけ、国民民主党とも連携して存在感を高めようとしている。維新の副代表、吉村洋文・大阪府知事はアイドル並の人気である。
コロナ禍で、頻繁にテレビのワイドショーに出演してメッセージを伝える姿に「率先垂範」「吉村さん、ようやってはる」と好感度はアップ。疲れて目の下に隈ができていると『#吉村寝ろ』のツイートが殺到し、「ちゃんと寝てます。しんどいのは府民、国民の皆様の方です。(略)国難を一致団結して乗り越えましょう」と打ち返す。
メディアを使った反射神経のよさが、ますます人気をかきたてる。実際、吉村氏は大わらわなのだろう。結果的に新型コロナのパンデミックが維新と吉村氏の人気を引き上げた。
が、しかし、である。マスコミがつくるイメージと客観的なデータの食い違いは大きい。
都道府県別の人口100万人当たりの新型コロナ死者数を比べると、大阪府は347.60人と飛びぬけて多い(11月24日現在・札幌医科大学医学部 附属フロンティア医学研究所データより)。全国平均の2倍以上だ。ーーー



2021年11月27日
昨日の天気予報では雨だったが朝から晴れ。烏丸の宿を出て鴨川を渡り祇園を抜けて恵比寿神社、摩利支天、建仁寺を経 て八坂の塔。土曜で流石に混むなか新婚さんが記念撮影、三年坂から茶碗坂を上がり清水寺も多くの人出。紅葉と京都市 街を一望しながら一巡して下る頃には俄雨。温かい蕎麦かうどんでもと訪ねる店はいずれも待つ人たち。結局これも久し ぶりに木屋町のアモーレに着く頃に雨は止み、ジェノベーゼをいただく。駅地下でパンとビビンバ丼買って阪急で3時半 に帰宅。途中西宮のあたりで虹が見えた。寒さが増してこちらも紅葉が終わりに向かう。



2021年11月26日
京都珍道中三日目。鴨が集う鴨川を渡り京阪と叡電で修学院駅から人通りの少ない鷺森神社の楓と椛の道を行く。2年ぶりに曼殊院そとの紅葉を見て早めに蕎麦店で昼を食べ、里山の道を歩くと北山別院の横から元気なこどもの声。附属の保育園で子らと先生が戯れていた。しかし曼殊院前は長蛇の列、隣の詩仙堂を訪ね、部屋からの紅葉と庭の散策。
一乗寺手前のカフェでコーヒーをいただき叡電で鞍馬に出るも、いつものくらま温泉の送迎車はなく、商店の人に聞くとなんと3月に営業終えたとのこと。コープインもだが、いい施設がなくなっていく。
出町柳に戻りバスを待つが、結局タクシーで船岡温泉に行き露天などに浸かる。帰りは堀川通りまで歩きバスで四条烏丸に戻りとんかつの店で早めの夕食。コーヒーを飲んだ店から四条通りの拡張した歩道の照明が色変わりするのが見えた。コロナ禍のためか、京都は夜も人通りは多いが物静か。


2021年11月25日
嵐山二日目、寝坊したがどうにか朝食を会場窓越しの紅葉見ながら済ます。桂川沿いを景観の中歩き天龍寺と竹林を抜けて嵯峨野常寂光寺。滞在者だろう外国人ファミリーも数組見かける。午前中は陽射しもあり人出もやや少なめ。
テラスのあるカフェでお昼をいただき公園の展望台から十津川を見下ろして、嵐電有栖川から天山の湯に入り2年ぶりに烏丸に至る。
宿に荷を降ろし夕刻界隈を散策。20年来利用した柳馬場通の宿京都コープインは残念ながらコロナ禍で営業終了。同じ通り二階のお店に初めて入り、久しぶりに秋刀魚の造りなど頂く。美味。天井の高い建物の店でコーヒー飲み宿に戻る。


2021年11月24日
秋は2年ぶりに阪急で嵐山に出ると、国内旅行者ばかりでも人出は戻っていた。
いずれも営業を続けていた花筏の露天に浸かりほう仙で蕎麦、桂川沿いの宿に荷を預けて嵯峨野の楓カフェで紅葉観ながらコーヒー。もうこれで充分だが、奥の祇王寺を訪ねて苔と紅葉の庭を歩き宿に戻る。行き交う人みな楽しそう。


2021年11月23日
「例えば、国会議員の地元の団体に向けた挨拶文では『○○の○周年記念に際して……お慶び申し上げます』のような定型文から始め、政策などの一部を紹介し、他の国会議員に渡した文章に似すぎないように、その団体の沿革や特色、地域の話題などを盛り込んで独自色を出すように工夫していた。公務という感覚はなかった」厚生労働省元職員
・「地元の会合等に出るので、あいさつ文をつくってほしい」「地元の会合等で話さないといけないので、講演資料(メモ)を見繕ってほしい」といった国会議員事務所などから同省職員への依頼の件数ーーー期間は19年12月から1年間ーーー調査に対して400件以上の回答が寄せられたという。依頼したのは主に与党議員だったが、野党議員も数十件。
・依頼が集中するのはお盆や年末年始、年度明けで、国会議員が地元であいさつする時期が中心。元職員が当時在籍していた職場は多忙で、連日のように深夜まで残業していたという。だが「国会議員からの依頼は、どんな状況でも『最優先』の案件とされ、手元の業務を置いてあたる必要があった。当然、本来の業務は残業して終わらせていた」
・厚生労働省に入省して、生きながら人生の墓場に入ったとずっと思っている(大臣官房、係長級)
・毎日いつ辞めようかと考えている。毎日終電を超えていた日は、毎日死にたいと思った(保険局、係長級)
・家族を犠牲にすれば、仕事はできる(社会・援護局、課長補佐級)
・今後、家族の中での役割や責任が増えていく中で、帰宅時間が予測できない、そもそも毎日の帰宅時間が遅い、業務量をコントロールできない、将来の多忙度が予測できないという働き方は、体力や精神的にも継続することはできないと判断した(退職者)「厚生労働省の業務・組織改革のための緊急提言」から
「政治家の方からいただいた依頼に対して、事実関係や政府としての物言いなどについてご報告しているということに尽きる」吉田学厚労事務次官
「関係者への広報や説明の機会に資するものだ。私も官房長官として対外的に発信する場合に、資料を省庁に依頼することはあり得る。正確な発信のために必要なことだ」松野博一官房長官22日
「国家公務員法96条で公務員は全体の奉仕者に位置づけられ、個別の政治家の活動を支援することは、その理念に反している。国会議員からの依頼が職員の負担となり、本来の公務に支障をきたしているとすれば、それも問題になる」正木宏長・立命館大教授
 2019年度の20代国家公務員総合職の自己都合退職者は104人で13年度25人の4倍以上、採用試験倍率も半減というこの国の中央官庁の凋落の一つの理由が、自己都合で財務省公文書を改竄させた前首相をはじめとするこの国の政治家らによる官僚の私的な酷使。
 官僚は政治家の使用人ではない。英仏伊の2倍、米国の1.6倍の議員歳費とさらに文通費などを得ながら、地元の会合での挨拶文を自ら書くか或いはせめて秘書が作成するのではなく、カンニングペーパーか代理受験のように官僚に丸投げして書かせて恥じない愚かな者たちに、この国の立法や政治を委ねることはできない。
 コロナ禍における厚労省のゴテゴテの対応の不手際も、背景にあるのはこの無責任極まる厚労相や事務次官の下で働く厚労省若手官僚らの政治家による私的な使い潰しだろう。憲法改正どころかこの我が国の国会議員と政治家に関わる野放図な特権と悪弊を根底から一掃することなしに、この国の未来はない。
《国会議員の一部が支援団体などの会合に出席する際、あいさつ文や講演資料の作成を厚生労働省の職員に依頼していることが、同省の内部調査でわかった。依頼件数は、2019年12月から20年11月までで少なくとも400件にのぼる。与党からの依頼が中心だが、野党分も数十件あったという。専門家は「公務員が一部の政治家のために活動することは法の理念にそぐわない」と指摘。働き方改革を担う同省で把握された職員の「負担」の実態を受け、公務員の業務のあり方が改めて問われそうだ。
若手が見直し直訴
 調査のきっかけは昨年11月中旬、同省の職員有志でつくる「改革若手チーム」が当時の河野太郎・行政改革担当相と面会し、あいさつ文の作成などが「(若手の)負担になっている」と見直しを求めたことだった。チームは19年春、同省の業務や組織の在り方を議論するため、20〜30代の若手職員が中心となり38人で発足した。メンバーは医療系や労働系など幅広い職種から参加しており、同年夏には「緊急提言」をまとめ、職員の業務量の多さや過酷な労働環境を指摘してきた。河野氏は昨秋から1年余りの行政改革相就任中、霞が関の国家公務員のサービス残業を改める姿勢を示していた。だが同省幹部は、朝日新聞の取材に対して、議員からの執筆依頼については問題視しておらず、結果も公表しない考えを示している。
 同省官房総務課が各部局の担当者に送った調査依頼の文書によると、調査は昨年11月に実施。「地元の会合等に出るので、あいさつ文をつくってほしい」「地元の会合等で話さないといけないので、講演資料(メモ)を見繕ってほしい」といった国会議員事務所などから同省職員への依頼の件数を尋ねた。対象は「政治家が政務として行う活動で、政策秘書がやるべき仕事」とし、「地元の会合等」には支援団体や業界団体なども含むとしていた。調査は「スピード感重視」とし、期間は19年12月から1年間に限っていた。
 また文書では、こうした依頼の基本的なルートについて「(国会)連絡室→各局書記室→各課国会窓→担当」と説明。締め切りは昨年11月の「26日中厳守」で、「与党○件(うち自民党○件、公明党○件)、野党○件」と分類したうえ、省内のシステムに登録して回答するよう求めた。
 文書によると、国会議員からの依頼は本来、国会連絡室が紙で保管しているが、すでに破棄されていたため、改めて調査をしたという。関係者への取材では、調査に対して400件以上の回答が寄せられたという。依頼したのは主に与党議員だったが、野党議員も数十件あったという。
 元同省職員の一人は、あいさつ文の作成について「業務の負担になっていた」と明かした上で、「主に原稿を書かされるのは若手で『これは本来の公務ではない』と感じつつも、上司からの指示なので断れないのが実情だ」と振り返った。
 調査に関して厚労省官房総務課の野村知司課長は「調査を行ったのは事実だ」としつつ、「状況を把握するためで網羅的なものではない。現時点で公表予定はない」と説明。吉田学事務次官は、国会議員が政務として出席する会合などのあいさつ文を職員が作成することについて、「政策内容や政府の政策方針について、言いぶりなどを情報提供することは、公務員の仕事として行われてもおかしくない」としている。
 行政法に詳しい正木宏長・立命館大教授はこうした依頼について、「国家公務員法96条で公務員は全体の奉仕者に位置づけられ、個別の政治家の活動を支援することは、その理念に反している」とし、「国会議員からの依頼が職員の負担となり、本来の公務に支障をきたしているとすれば、それも問題になる」と指摘している。
他の議員の文章に似すぎないよう工夫
 元職員らへの取材からは、行政と政治の関係が国家公務員の働き方にひずみをもたらしている一端が見えてきた。
 調査対象期間の2019年12月〜20年11月の間に、あいさつ文の執筆依頼を受けた元職員の一人は「こうした依頼はずっと前から慣例的に行われてきている」と振り返った。
 元職員のもとには、様々な国会議員からあいさつ文や団体の記念誌などに掲載する原稿の執筆依頼が届いていた。「例えば、国会議員の地元の団体に向けた挨拶文では『○○の○周年記念に際して……お慶び申し上げます』のような定型文から始め、政策などの一部を紹介し、他の国会議員に渡した文章に似すぎないように、その団体の沿革や特色、地域の話題などを盛り込んで独自色を出すように工夫していた。公務という感覚はなかった」という。
 依頼は国会連絡室から各部局に送られてくるもののほか、議員事務所から直接職員にメールやファクスで送られるケースもあった。依頼が集中するのはお盆や年末年始、年度明けで、国会議員が地元であいさつする時期が中心だった。
 元職員が当時在籍していた職場は多忙で、連日のように深夜まで残業していたという。だが「国会議員からの依頼は、どんな状況でも『最優先』の案件とされ、手元の業務を置いてあたる必要があった。当然、本来の業務は残業して終わらせていた」。作成したあいさつ文や講演資料は議員事務所にメールなどで届けていたという。
 また、別の職員は公務員の残業時間に見合った超過勤務手当(残業代)を支払う方針を河野太郎前行政改革担当相が明言したことを踏まえ、「こうした業務によって残業代が発生することは、問題ではないかとも感じていた」と話した。
調査の留意点に「こっそり」の記載
 こうした依頼の背景について、厚労省職員は「特に幹部は、国会議員からの依頼を断れば、同省が提出した法案に反対されるかもしれないという不安を抱えている」と説明。「国に必要な法案をスムーズに進めるためには、国会議員がへそを曲げないように若手が働くのは当然だという意識がある」とも語った。
 調査の文面にもその配慮がうかがえた。調査の留意点として、「派手に動くとうまくいかないので、こっそりと作業をお願いします」などと書かれていた。
 また複数の厚労省関係者から、これらの依頼は「政策秘書がやるべき仕事だ」との声もあがった。政策秘書は、国会議員の政策立案や立法活動を専門的に支える国家公務員特別職で、給与は国から支払われている。省内にも同様の見方が出ていることが、調査の文面にも盛り込まれていた。
 与党議員の元秘書の一人は、自身が所属した事務所では、あいさつ文などは政策秘書や議員本人が書いていたとして、「一部の事務所が丸投げしていると聞いたことがある」と語った。
 一方、吉田学厚労事務次官は、朝日新聞の取材に対し、職員があいさつ文を作成することについては「政治家の方からいただいた依頼に対して、事実関係や政府としての物言いなどについてご報告しているということに尽きる」と説明した。(浜田知宏)
「生きながら人生の墓場」「毎日死にたい」
 今回の内部調査の発端は昨年11月、厚生労働省の「改革若手チーム」が河野太郎・行政改革担当相(当時)に、若手職員の負担減を求めたことだった。
 同チームは2019年夏にまとめた「厚生労働省の業務・組織改革のための緊急提言」のなかで、厚労省職員の業務量の多さや過酷な労働環境を指摘している。
 提言には次のような声が並んだ。
 厚生労働省に入省して、生きながら人生の墓場に入ったとずっと思っている(大臣官房、係長級)
 毎日いつ辞めようかと考えている。毎日終電を超えていた日は、毎日死にたいと思った(保険局、係長級)
 家族を犠牲にすれば、仕事はできる(社会・援護局、課長補佐級)
 今後、家族の中での役割や責任が増えていく中で、帰宅時間が予測できない、そもそも毎日の帰宅時間が遅い、業務量をコントロールできない、将来の多忙度が予測できないという働き方は、体力や精神的にも継続することはできないと判断した(退職者)
 同チームの調査では、職員の65%が自らの業務量について「非常に多い」「多い」と感じており、20代後半の職員の約半数は「やめたいと思うことがある」と回答したという。
 今回の内部調査の背景には、追い込まれた若手職員たちの怒りがあった。
厚生労働省の内部調査の概要
【背景】
・厚労省の若手職員が河野太郎行政改革担当相(当時)との意見交換で、「特に与党の先生方から『地元の医師会と会うから、あいさつ文をつくってほしい』『地元の会合にでるから、ホットトピックを教えてほしい』と依頼が結構くるので若手の負担になっている」と要望したこと
【対象】
・議員事務所からの「地元の会合に出るので、あいさつ文をつくってほしい」「地元の会合等で話さないといけないので、講演資料(メモ)を見繕ってほしい」といった依頼
 「地元の会合等」は、地元の会合だけでなく、支援団体、業界団体なども含む
 政治家が政務として行う活動について、あいさつ文や講演資料を作ってくれ、ホットトピックを教えてくれといったオーダー(=政策秘書がやるべき仕事)を指す
・2019年12月〜20年11月にあった依頼
【回答方法】
・与党○件(うち自民党○件、公明党○件)、野党○件といったイメージ。省内のシステムに登録する。20年11月26日締め切り
※官房総務課からの調査依頼をもとに作成 》



2021年11月18日
・仮に夫婦2人とも800万円の年収があり、世帯年収で計1600万円あっても、今回の10万円相当の給付を受けられる。だが、夫婦どちらか一方しか収入がなく、世帯年収が960万円なら10万円相当の給付はもらえない。
・(71年「児童手当法案」審議で)所得制限については修正もなく、男性の働き手を念頭に1人の収入で判断する考え方への異論は少なかったとみられる。社会の実情はその後、大きく変わる。独立行政法人「労働政策研究・研修機構」の資料によると、80年に専業主婦世帯の半数程度だった共働き世帯は、90年代半ばには専業主婦世帯を上回った。2020年には専業主婦世帯の2倍を超えている。
 18歳以下への10万円支給という、コロナ禍で困窮する世帯への支援策としてやる気があれば既に今年度前半にも議会多数を占める自公で合意し支給できたものを、野党の憲法53条に基づく臨時国会開催要求は憲法を無視して応じず、衆院選で選挙目当ての公約にして衆院議席の絶対多数を維持しながら、世帯年収と所得制限をめぐる矛盾への対応で混乱するこの国の政治。
 「児童手当法」という半世紀前に定めた法律を、その後の社会の変化に適応させる努力をほとんどせず、男性の働き手だけを前提に世帯年収を捕捉し続けた立法府と行政の怠慢。使徒の説明も課税も不要という国会議員に毎月100万円支給される文書通信交通滞在費をめぐる問題も未だ実現しない選択的夫婦別氏制度も根は同じ。
 この四半世紀GDPは上昇せず人びとの平均賃金も減少するなか、国会議員の年俸国際比較で日本は$274,000でイギリス$102,364、ドイツ$133,279、イタリア$143,352のおよそ2倍、米国$174,000の1.6倍。女性議員の割合は衆議院9.7%で世界191カ国中165位。これでは政治家がさまざまな困難に直面する多様な国民に寄り添うことなど出来はしない。
 この国の政権は社会の変化や人びとの意識の変化にまったく対応できていない。格差是正や脱炭素化を含め、まずこれらのやり残した問題を根底から解決すること。それらを差し置いて「憲法改正」など、百年早い世迷い事ということ。

《18歳以下の子どもを対象にした10万円相当の給付で、所得制限をめぐる政府方針に対して、与党内から異論が噴出している。なぜこうした状況になったのか。背景には、半世紀にもわたって変化していない「児童手当」の仕組みがあった。
 政府は、10万円相当の給付にかかる時間を短くするため、児童手当の仕組みを使う。
 児童手当は中学生までの子どもを育てる世帯に、基本的に1万〜1万5千円を支給する。対象世帯から市区町村に振込先の口座が届けてあるため、申請の手間を省くことができる。
 コロナ禍だった2020年にも児童手当の受給世帯に1万円を上乗せ支給した成功体験もある。
 自治体が先行した児童手当は、国が制度化した1972(昭和47)年1月の支給当初から所得制限があった。夫婦なら二人の年収を比べ、高い方で支給対象かを判定する。所得制限を超えると、今の仕組みでは月額5千円になる。
 今回の10万円相当の所得制限として持ち出された「年収960万円」は子どもが2人で、一方の配偶者は収入がない、といったモデル家庭の所得制限だ。夫婦合わせた世帯全体の収入は考慮しないため、高収入の共稼ぎ夫婦にも支給されることが起こりうる。
 仮に夫婦2人とも800万円の年収があり、世帯年収で計1600万円あっても、今回の10万円相当の給付を受けられる。だが、夫婦どちらか一方しか収入がなく、世帯年収が960万円なら10万円相当の給付はもらえない。
 児童手当に当初、世帯の合計所得でみる「世帯合算」が取り入れられなかった理由は、時代背景にありそうだ。内閣府の担当者は「制度ができた当時は、世帯主の男性が世帯収入の大半を稼いでいた時代だったからでは」と話す。
共働き世帯数は専業主婦世帯の2倍超
 71年2月。時の佐藤栄作首相は、児童手当法案の趣旨を説明する本会議で、児童手当を「我が国の社会保障の体系の中で欠けていた制度」と称した。「長年の懸案」(当時の内田常雄・厚生相)だっただけに、衆参の本会議や社会労働委員会(当時)の議事録には活発な国会審議の跡が残る。
 ただ、審議では支給対象から外れた第1子や第2子も含めるべきだといった論点や、月額3千円という金額の根拠を問う議論が中心だった。所得制限については修正もなく、男性の働き手を念頭に1人の収入で判断する考え方への異論は少なかったとみられる。
 社会の実情はその後、大きく変わる。独立行政法人「労働政策研究・研修機構」の資料によると、80年に専業主婦世帯の半数程度だった共働き世帯は、90年代半ばには専業主婦世帯を上回った。2020年には専業主婦世帯の2倍を超えている。
 児童手当ができた当時と、現実とのギャップは、財務省をはじめ政府内で意識されてきた。昨年末の予算編成では、菅義偉首相(当時)のもと、児童手当への世帯合算の導入が、自民党と公明党の間での政策協議で話題となった。
 ただし、この時の議論は保育所整備に必要な財源を捻出するため、児童手当を支給する世帯を少なくする理屈として財務省などが持ち出したものだった。このため、児童手当の創設以来、拡充に力を入れてきた公明の強い反発に遭った。
 自公両党はこの時、収入の多い方が年収1200万円以上あれば、22年10月分から月額5千円の児童手当の特例給付を打ち切ることで合意した。一方で、世帯合算の導入は見送った。その課題は「引き続き検討する」(昨年12月の全世代型社会保障改革の方針)とされたまま、今回の議論を迎えていた。
 児童手当以外の国の仕組みで世帯合算を導入している制度もある。低所得世帯向けに、大学の授業料などの負担を減らしたり、返す必要のない奨学金を支給したりする「修学支援新制度」や、私立高校の授業料支援の仕組みがその例だ。0〜2歳の保育料も、無償化の対象となる低所得世帯を除き、世帯合算で利用料負担が決まる。
 17日の自民党の会合で高市早苗政調会長は、児童手当の所得制限で世帯合算を取り入れることを視野に見直しの必要性に改めて言及。「世帯合算でやった方がいいんじゃないかという声もある。今後、同様の事態が起きた時に迅速かつ公平に給付できるように整備をしたい」と語った。具体的には衛藤晟一・元少子化担当相をトップに、党の少子化対策調査会で議論する考えを示した。(久永隆一)》


2021年11月14
日記がわりに。
先月31日坂を上り投票を済ませて駅前に下り久しぶりにcalmoを訪ねると、なんと日曜は定休日になっていた。家族奉仕の日ということか。さらに降って六甲道のデリランテでマリナーラを頂き、六甲八幡を通り六甲駅前で食材買ってバスで帰宅。2日09年Macの代わりに注文した新iMac24が届き、食卓でとりあえず起動。5Kで色彩は美しい。
4日も好天で岡本に行き、い蔵でぶっかけのあと三週ぶりに住吉うはらの湯に浸かる。6日栄町通のDay`s kitchinで先月と同じ玉ねぎマリナーラ。地場野菜で美味なのだがまだお客はそれほど戻らない様子。デパ地下でカワハギ見つけ帰宅。
7日紅葉が進む神大を抜けてil vento。こちらは地元の家族連れでほぼ満席。はじめてボローニャスパゲッティをいただくとすごく美味しい。この一週間は天気が不安定、9日は曇りのなか川沿いを歩いて水道筋の灘温泉に浸かり、六甲道で食材買って帰宅。
昨日は晴れて半年ぶりに花隈のfamigliaに行く。ピザは大きく美味だが、コロナ禍のためか野菜のセット、前菜はなくなる。午後曇天のなかumieテラスでコーヒー、ドック沿いを三宮に戻り阪神一駅乗ってなぎさの湯に浸かり帰宅。
昨日今日は神大の六甲祭、去年は中止で今年はオンラインのみで校内も周辺も寂しく静か。飲食のバイト先も減ってコロナは学生にもおおきな犠牲を強いている。今日は午後アシスト車で駅前で食材買いだけ。寒さが増して空気は澄んでいる。



2021年11月12
「自由を束縛されている人に対して、私たちは無感動であってはならない。自分さえ幸福であれば、というのは今の日本人の一番よくない考え」(92年7月)
「まず行動です。それからぜひ考えたいのは原子力発電所の恐ろしさです。あれだけ大丈夫と言っていた高速道路がズタズタになったのに、なぜ原発が大丈夫なのですか。人間のすることに絶対安全ということはないのです。人間の知識の限界はしれています」(95年2月)
「世界最古のこの傑作小説が、1000年も昔の日本で、紫式部という子持ちで寡婦のキャリアウーマンによって書かれたというのですから驚かされます」(96年12月)
「18年負けつづけても、無常の法則は、今年の阪神のような目ざましい奇跡もおこすところが人生の妙味か。この世こそがまさに地獄であるが、地獄に仏ということばもある。どんなに辛(つら)くても人間はあきらめてはならない」(2003年8月)
「私は戦争が身に染みていますから、うかつに憲法9条を変えたらどうなるのかと危惧します。少なくとも戦後60年、日本が平和でこられたのは、9条のおかげですよ。誰一人として戦争で死ななかったのですからね」(07年6月)
「今、戦争を知らない政治家が憲法を改正して戦争をしやすくしようとしている。戦争でどれだけ人が苦しむか、想像力がない。想像力がないということは愛がないということです。被災地の再生が遅れているのも同じ理由。政治家や行政はもっともっと被災者の声を聞くべきです」(13年3月)
「人を愛することは幸せです。一生懸命生きていると、どうも世の中がおかしいと思うことに気付きます。それを直そうと思うのが革命です。変だなと思ったら、変でないようにするため戦うんです」(20年10月)
「まだ、お母さんともしゃべれない幼い娘を捨てて文学の世界に飛びこんだから、書き続ける責任がある。私は幸せになっちゃいけないの」https://digital.asahi.com/art.../ASPCC6SG0PCCPTFC00H.html...
〈湾岸戦争やイラク戦争に反対し、脱原発を唱えて経済産業省の前で座り込んだ。安保法制に抗議し、京都から国会前に駆けつけたときは、骨折やがんによる約1年間の療養生活から復帰したばかりの93歳だった。「戦争にいい戦争はない」「殺すなかれ、殺させるなかれ」という言葉を繰り返し使った〉『「愛した 書いた 祈った 寂聴」 何者にも流されず、貫いた自由』 https://digital.asahi.com/art.../ASPCC46DRPCCPTFC008.html...
 9日99歳で亡くなった瀬戸内寂聴さんの言葉。
 95年の阪神淡路大震災の時その16年後実際に起きた未曾有の原発事故の危険性に言及し、四半世紀前すでに千年前の子育てシングルマザーに対する敬意を表明し、野球ファンでなくとも困難に向き合うことの意義をユーモラスに語る、心の底に贖罪の気持ちを秘めて問い、書き続けるまさに稀有の人だった。
 終戦時23歳、戦争の愚かさと恐ろしさを忘れず多くの犠牲の上に得られた平和憲法の意義を説き続けた。戦後76年を過ぎてこういう人びとが次々に鬼門に入る。コロナ禍のなか特に大阪そして全国でアベノマスク、雨ガッパなどゴテゴテの場違いなコロナ対策によって多くの死者・犠牲者を出した自公と維新などが衆院議席の三分の二を占め、総選挙の争点にもならなかった「憲法改正」を唱えて野合しようとするいま、もう一度瀬戸内さんの言葉に耳を傾けたい。この人びとはきっと天上から「大鬼」となって見下ろしているだろう。

《作家、瀬戸内寂聴さんのことば(本紙掲載から)
 ◆宇野千代さん(作家)が数えで95歳になられるんですけど「私、死なないような気がするの」とおっしゃるのね。宇野さんは、92歳の時、100枚も書いた小説が自分で面白くないといって全部破棄して初めからやり直されたんです。すごい方ね。(1992年6月掲載=作家の石牟礼道子さんとの対談で)
 ◆私は今までに、伊藤野枝をはじめ自由を求めて権力と闘った人たちの伝記を書いてきた。人間は自由でなければならない、という思想をもっているからです……。自由を束縛されている人に対して、私たちは無感動であってはならない。自分さえ幸福であれば、というのは今の日本人の一番よくない考え。(92年7月掲載=91年にノーベル平和賞を受賞したミャンマーのアウンサンスーチーさんが軍政権により自宅軟禁されて3年たつのを機に東京で行われた解放を願うシンポジウムで)
 ◆人を導くのには知恵がいりますね。仏教の最終の教えは知恵でしょう。知恵を身につけるために私たちは仏教を学んでいるのですから。知恵は、いわゆる知識とは違いますね。どう判断するかというのが知恵ですね。(93年3月掲載=山田恵諦天台座主との対話で)
 ◆(阪神大震災後、復興に向けて大事なことは)まず行動です。それからぜひ考えたいのは原子力発電所の恐ろしさです。あれだけ大丈夫と言っていた高速道路がズタズタになったのに、なぜ原発が大丈夫なのですか。人間のすることに絶対安全ということはないのです。人間の知識の限界はしれています。(95年2月掲載=阪神大震災後のインタビューで)
源氏物語は文化遺産としては唯一最高
 ◆源氏物語は日本の文化遺産としては唯一最高のものだと思います。世界最古のこの傑作小説が、1000年も昔の日本で、紫式部という子持ちで寡婦のキャリアウーマンによって書かれたというのですから驚かされます。(96年12月掲載=寂聴版「源氏物語」現代語訳の刊行を前にしたインタビューで)
 ◆(85年のセリーグ優勝以来)18年負けつづけても、無常の法則は、今年の阪神のような目ざましい奇跡もおこすところが人生の妙味か。この世こそがまさに地獄であるが、地獄に仏ということばもある。どんなに辛(つら)くても人間はあきらめてはならない。(2003年8月掲載=エッセー「時代の風」より)
 ◆老人とは頑固で自己中心的で、わがまま専横になっているのを棚にあげて、憂国の士は自分独りと憤慨する。(04年5月掲載=エッセー「時代の風」より)
 ◆長いようで短かったです。毎回、青空説法の天気が心配だったことが一番の思い出かしら。(05年6月掲載=岩手・天台寺の住職の退任法要で)
観音様がくださった
 ◆観音様がくださったなと思った。……以前、岡本太郎さんに「人生の岐路に立ったとき、芸術家は苦しい方を選べ」と言われた。それだけは守ってきました。(06年10月掲載=文化勲章受章時の感想)
 ◆私は戦争が身に染みていますから、うかつに憲法9条を変えたらどうなるのかと危惧します。少なくとも戦後60年、日本が平和でこられたのは、9条のおかげですよ。誰一人として戦争で死ななかったのですからね。(07年6月掲載=「今、平和を語る」のインタビューで)
 ◆(坂口)安吾が一番好きな作家。……安吾の作品は、伝統や権威に対し自分の心の命ずるままに生きていけばいいと教えてくれました。その通りに生きてきたので、受賞を心から喜んでいます。(08年10月掲載=第3回安吾賞の受賞発表会で)
出家して後悔したことは一度もない
 ◆出家して後悔したことは一度もないです。……(73年11月に出家したのは)もっと小説を書くために、自分を取り戻したかったから。(08年11月掲載=得度35年を迎えた感想)
 ◆私はこれまで、大きな天災が起こると必ず避難所に駆け付けてきました。……慰問するのは出家者の義務と思いますが、皆さんだってできるんです。お年寄りに声を掛ける。話をじっくり聞いてあげる。肩をもむ。それだけでもいい。その気持ちが、大切なんです。(11年4月掲載=東日本大震災「私たちにできること」のインタビューで)
 ◆今、戦争を知らない政治家が憲法を改正して戦争をしやすくしようとしている。戦争でどれだけ人が苦しむか、想像力がない。想像力がないということは愛がないということです。被災地の再生が遅れているのも同じ理由。政治家や行政はもっともっと被災者の声を聞くべきです。(13年3月掲載=東日本大震災から2年の「再生への提言」で)
 ◆(胆のうがんが見つかった時の心境について)神も仏もあるものかと思いましたが、長く入院したからこそ見つかることができて、助かりました。やはり仏様のお陰だと改めて思いました。(15年4月掲載=京都・嵯峨野の寂庵で10カ月ぶりに再開されたミニ法話で)
 ◆死ぬまで愛した方が楽しいでしょ。みんな新聞や週刊誌でスキャンダルが出ると読むじゃない。年を取ってこんなこと考えているのは恥ずかしいとみんないうけれど、実は心では思ってるのよ。(16年5月掲載=「求愛」刊行インタビューで)
 ◆目覚める度に、あっ、まだ生きていた、と思う日々。朝になり、今日も生きていた、と思う。いまだに「あの世」があるのかないのか、出家して尼さんになっても分からない。もう丈夫で長生きしたいとは思わないが生きている限り何か意味(義)のあることをしながら暮らしたい。それが書くことです。(18年12月掲載=秘書・瀬尾まなほさんとの対話集「命の限り、笑って生きたい」刊行インタビューで)
 ◆「青春は恋と革命」が私の信条です。本は大事だけど、100冊読むより本気の恋愛を一つした方がずっと成長する。人を愛することは幸せです。一生懸命生きていると、どうも世の中がおかしいと思うことに気付きます。それを直そうと思うのが革命です。変だなと思ったら、変でないようにするため戦うんです。(20年10月掲載=「14歳の君へ:わたしたちの授業」より)
生きることは愛すること、愛することは許すこと
 ◆生きることは愛すること。愛しなさいといって私たちはこの世に送り出される。そして愛することは許すこと。それは私がまさに死のうとする今、得た悟りなのね。どんなに仲が良くても必ず嫌になるの。最後はあきらめね、嫌なことも許すようになる。誰かを好きになるのは雷に当たるようなもので、別れることになっても雷に当たった方がいいの。つらいけど、そのつらさを味わったら人間ができて優しくなれる。(未掲載=20年1月、寂庵法話で)》



2021年11月 7日
11月2日アメリカABCニュース。マダガスカル島南部を訪れた記者によるレポート。幼い子どもたちの痩せた手足と膨らんだお腹そして悲しげな眼差しが全てを物語る。
 日本ではNHK BS1「世界のニュース」で放映していた。アフガニスタン問題でもそうだが、この国の政府も報道機関も世界で起きる深刻な出来事を何か他人事のように捉え、職員や記者を現地に派遣することもなく、内向きにやり過ごしているように思える。
 GDP世界三位、二酸化炭素排出量世界五位、一人当たりの年間排出量8.5トン(https://www.jccca.org/global-warming/knowleadge04)で気候変動に大きな責任を持つこの国が、世界を横目に政治・経済・倫理でただ衰退していくだけ。



2021年11月 7日
「私たちが訪れたのは、壊れた道路でつながっている人里離れた小さな村でした。到着して目にしたのは、大きなお腹を抱えた子どもたちの悲痛な光景でした。私は村の静けさに心を打たれました。子供たちは走り回ることも遊ぶこともなく、ただ座ってこちらを見ています。その目には、深い悲しみと嘆きが浮かんでいました」
「ある村で、子どもに最後の食事はいつ食べたのか、それは何だったのかと尋ねました。 彼は粘土質の地面を指差しました。彼の母親によると、何もなかったため、最後に子どもたちに食べさせたのは、普段は食べられない草などの植物だったそうです。それを煮て、粘土を入れて、お腹を満たすために食べさせていたのだと言います。言うまでもなく、彼らが長い間口にしてきたものには栄養価が全くありませんでした。膨らんだお腹と細い腕がそれを如実に表しています」WFP報告「マダガスカル:子どもたちは走ることも遊ぶこともせず、目に深い悲しみを浮かべています」2021 5 月 12日
「マダガスカル南部の約114万人が高いレベルの急性食料不安に直面しており、そのうち約1万4千人が「カタストロフィー」(フェーズ5:総合的食料安全保障段階分類(IPC)の5段階のうち最も高いレベル)に陥っています。
2016年にIPCの手法が導入されて以来、マダガスカルでフェーズ5の人々が記録されたのは初めてのことです。今すぐ緊急の対策を講じない限り、2021年10月から始まる次の「リーンシーズン」(次の収穫を前に食料が不足する時期)には、「カタストロフィー」カテゴリーの人々の数が倍増すると予想されます。
干ばつ、砂嵐、動植物の病害虫、新型コロナウィルスの影響により、最も被害の大きかったアンボアサリ・アトサイモ地区(Amboasary Atsimo district)では、4分の3もの人々が悲惨な状況に直面しており、世界の急性栄養不良率は27%という驚くべき数値を超え、子どもたちに取り返しのつかないダメージを与えています」WFP報告「マダガスカル南部:政府と国連が飢饉のリスクに警鐘、支援を要請」2021 5 月 11日
「これらは飢饉のような状態であり、抗争ではなく気候によって引き起こされている。これは前例のないことです。これらの人々は気候変動を引き起こすことは何もしていません。彼らは化石燃料を燃やしません…それでも彼らは気候変動の矢面に立たされています」国連世界食糧計画シェリー・タクラル 英BBC「気候変動による飢饉の危機に瀕しているマダガスカル」2021 8 月 25日

 世界の気候変動がマダガスカル島南部でもたらした4年も続く干魃等による深刻な飢饉を国連世界食糧計画(WFP)と海外メディアが伝える一連の報告をまとめた記事。
 日本と同じく島国で米を主食とするマダガスカルが世界の二酸化炭素排出量に占める割合は、0.01%未満(11月2日米ABCニュース)。この地域に暮らす人びと特に子どもたちに、気候変動と気温上昇に対する責任はまったくない。しかしその気候変動・気温上昇は西欧諸国の洪水やカリブ海・米国のハリケーンと山火事の増加とともに、容赦なくインド・太平洋島嶼部などに干魃と農業の破壊という形で甚大な被害をもたらしている。
 これはマダガスカル島だけの問題ではなく、WFPは「世界食料デー」の10月16日、「現在、紛争によって何百万人もの人々が飢餓に陥っているが、気候変動は将来、世界の飢餓の主な要因になる可能性がある」と世界の平均気温が産業革命前に比べて2度上昇すると1億8000万人が新たに飢餓に陥ると警鐘を鳴らしている。
 しかしこの国で先の総選挙では気候変動対策は主要な論点とならず、WWFジャパンのまとめでは、温室効果ガスの排出量を2030年に2013年比50%削減すること、再生可能エネルギーを2030年までに電源構成の50%とすること、国内の石炭火力発電を2030年までに全て廃止することを政策に掲げたのは立憲、共産、れいわ、社民だけだが、そのほとんどが議席を減らしている。
 日本のNHK、朝日、毎日など大手メディアで気候変動と関わるこのマダガスカル島南部飢饉を取り上げた記事はほとんどない。日本政府によるこの飢饉への緊急支援も、今年は3月に「マダガスカル南部で安全な水を利用できない最もぜい弱な人々を支援するため、UNICEFに40万ドルの緊急無償資金協力」のみ。無いよりはマシというレベル。
 コロナ感染第三波~第五波で多数の自宅放置による死者を出した大阪府に責任を負うべき維新と、コロナ対策の国政に責任を負うべき政党である自公が議席を維持あるいは増やし、気候変動に真摯に向き合うこともないこの国の現状。食料自給率はカロリーベースで2020年に37%。今後気候変動によって世界で食糧生産が滞ればその影響はこの国を直撃する。いま飢餓に苦しむマダガスカルの人びとなどへの緊急支援とともに、気候変動に真摯に向き合うことが求められている。

《<被害の大きな農村では、住民の4人に3人が深刻な飢餓状態に>
アフリカ大陸の南東に浮かぶ島国・マダガスカルで、深刻な飢饉(ききん)の懸念が高まっている。
国連最大規模の人道支援機関である世界食糧計画(WFP)は、「グラン・スッド」と呼ばれるマダガスカル南部の孤立した農村地帯だけで2万8000人が重度の飢餓状態にあり、食糧難に見舞われている人々の数は114万人に達すると発表した。
WFPは4月発表のニュースリリースのなかで、「マダガスカル南部で長期にわたり容赦ない日照りが起きており、数十万の人々が飢饉の瀬戸際にある」と述べている。
現段階ではWFPが定める飢饉の定義に達していないものの、近い将来に正式な飢饉と認定される可能性が高い。現時点で4人に1人が急性栄養不良を患っており、WFPは「これ以上の悪化を食い止める緊急の手段が講じられない限り、(マダガスカルは)飢饉に陥る危険性が高い状態にある」と警告した。
これまでにもマダガスカルはたびたび干ばつに見舞われてきたが、基本的に3年に1度ほどのペースに留まっていた。近年ではほぼ毎年発生しているうえ、枯れ果てた森林からはネズミの大群が四散し、ペストの大流行を招いている。こうした混乱に拍車をかけるように、昨年からは新型コロナウイルスがまん延するようになった。
「40年来最悪の干ばつ」 サボテンで食いつなぐ
状況は人道上の危機とみなされるほど悪化している。国連ニュースは現地に赴いた使節団からの報告として、南部地域が「40年来最悪の干ばつ」に見舞われており、「人々は人道的見地からして深刻な危機状態」に置かれていると伝えた。
一例として同地域に位置するマロヴァト村は、昨年から極度の水不足が続いており、人口の75%が深刻な飢餓状態にあるという。村から8キロほど行くと都市部に出るが、ここでも吹き荒れる砂嵐が近郊の農地を埋没させ、多くの人々が栄養失調に陥っている。
英BBCも同様に島南部の惨状を取り上げ、地域に4年間ほぼ降雨がなく、数万の人々が飢えや不安定な食料事情に苦しんでいると報じている。「ここ40年間で最悪の干ばつが、国南部の孤立した農村部に壊滅的な被害を与えており、人々は生きるために昆虫をかき集めている」と記事は続ける。
雨が降らないため種をまいても農作物を育てることができず、食料を自給できる目処は立たない。ある女性はBBCに対し、「今日はサボテンの葉以外には食べるものがまったくありません」と語った。彼女は飢餓で夫を亡くし、残された2人の子供たちはここ8ヶ月ほど毎日、イナゴを食べて生き延びている。
WFP日本語版サイトでは、次のような記述を確認できる。「ある村で、子どもに最後の食事はいつ食べたのか、それは何だったのかと尋ねました。 彼は粘土質の地面を指差しました。」 母親は子の空腹を満たそうと、普段であれば食べない雑草を土と一緒に煮込んだのだという。
今後半年でさらに悪化か
今後の見通しは決して明るくない。例年9月から翌3月までは収穫物の在庫が不足しがちな傾向にあたる。9月からの半年間は、同国におけるペストの流行期とも重なる。国境なき医師団は、すでに例を見ない規模となっている飢餓が今後悪化し、12月までに131万人が飢餓状態に陥るのではないかとの懸念を表明した。
頼りの綱は経済だが、昨今の情勢からこれも振るわない。英インディペンデント紙は、例年であれば観光客で賑わっていたマダガスカルの経済がパンデミックにより悪化しており、さらに国境封鎖のため季節労働も難しくなっていると指摘する。
援助物資にも悪影響が生じている。南部の主要な港が感染症対策で封鎖されていることから、食料の物資は北部の港で荷下ろしされる。英テレグラフ紙の報道によると、港から国内の悪路を通じた陸送に最大で8日前後を要しており、南部地域への供給は滞りがちとなっている模様だ。
国連としても食料配給や衛生設備の向上など支援を行っているが、干ばつが予想を超えて長期化していることから、資金と体制が追いついていないのが現状だ。食料の市場価格は3倍以上に跳ね上がっており、一部地区では食べ物を調達するために土地を手放す人々も現れはじめた。
温暖化による世界初の飢饉か
WFPは、現在マダガスカルで進行中のこの事象が、世界で初めての気候変動による飢饉になる可能性があると指摘している。WFPのスポークスパーソンであるシェリー・タクラル氏は英スカイニュースに対し、「通常私たちが目にする飢餓は、紛争が原因で起きるものです」と語る。争乱ではなく気候変動によって大規模な飢餓が発生するのは異例のことだという。
事態は現在のところマダガスカル島の南部で進行しているのみだが、先進国にとっても他人事ではない。WFPは今夏ヨーロッパや北米などで頻発した大規模な森林火災を挙げ、こうした自然災害が単発の事象に留まらない可能性があると指摘している。
マダガスカルは国連が発表する「気候変動の影響に対して脆弱な国」の上位常連国だ。温暖化の影響が他の国よりも早期に出ているにすぎず、今後過酷な気候条件にさらされる地域は拡大する可能性がある。スカイニュースは本件を、地球規模で進行しつつある気候変動問題の「警鐘」だと報じた。》














                                                                                                                                                                 
  
     





























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