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2024年1月28日
日記がわりに。
 23日今年はじめてすずらんの湯で露天に浸かる。館内では一つ10円からの駄菓子屋も。ガザではイスラエルによる死者が2万5000人を超え、ネタニヤフはパレスチナ国家設立・二国家共存を拒否。BBCはロシアで動員された兵士の妻が夫の帰還を求める運動を伝える。戦争で犠牲になるのは安全地帯にいる政治家ではなく、いつも市井の人々。
 25日寒さでバスで食材買いに阪神御影往復。帰路雪が降り出し、一時激しくなったが止む。
 昨日久しぶりに三ノ宮神社を通ると紅梅が咲く。栄町通Day's Kitchenでマルゲリータをいただきなぎさの湯に浸かって帰宅。
 25日イスラエルはガザで支援物資を待つ人の列を銃撃し20人を殺害。ラファの検問所前でガザへの支援物資搬入を阻止しようとするイスラエル市民ら。80年前にナチスドイツが行っていたことと同じ。26日国際司法裁判所はイスラエルにジェノサイドを防止せよと命令。即時停戦ではないが、大きなステップだろう。
 今日は真空管を間違えて挿して壊れたアンプ修理もあって巣篭もり、抵抗を交換してどうにか復活。真空管と出力横の複数の抵抗は、異常な電流で壊れて真空管と回路を守る役割らしい。社会にも抵抗勢力は役目がある。夕方対岸は見えるが厚い雲。
   




2024年1月28日
・国際司法裁判所(ICJ)は26日、パレスチナ自治区ガザ地区への攻撃を続けるイスラエルに対し、暫定措置としてジェノサイド(集団殺害)行為を防ぐ「全ての手段」を講じ、1カ月以内に進捗状況を報告することなどを命じた。
「この地域で繰り広げられている惨劇を痛感しており、人命の損失と人々の苦悩が続いていることに深く憂慮している。ガザ地区での壊滅的な人道状況が、裁判所が最終判断をするより前に悪化する深刻なリスクがある。(イスラエル側のパレスチナ人の状況を改善するために措置を講じているなどとする主張は)リスクを取り除くには不十分だ」ジョアン・ドノヒュー裁判長
「国際司法裁判所が命じた暫定的な措置を歓迎する。各国はイスラエルのガザ地区のパレスチナ人に対するジェノサイド的な戦争を止める明確な法的義務を負ったことになる」パレスチナ暫定自治政府マリキ外相
「(イスラエルがジェノサイドを行っているという南アフリカの主張は)間違っているだけでなく、とんでもないもので、世界中のまともな人はこれを否定するべきだ」イスラエル・ベンヤミン・ネタニヤフ首相
「テロリストとガザの民間人を区別するための道徳について、説教される必要はない」ヨアヴ・ガラント国防相
「南アフリカ市民として、われわれは消極的な傍観者となるつもりはない。民主主義を掲げ、法の支配を尊重する国家として、イスラエルが命令を順守すると期待している」ラマポーザ・南ア大統領
「われわれの主張に基づいた措置が命じられたことに満足している。この措置を実行し、機能させるためには停戦が必要となる」南ア・パンドール国際関係・協力相
「われわれはジェノサイドの主張に根拠はないと引き続き確信している」米国務省報道官
「(イスラエルとハマス双方がICJの命令を)完全な形で即時順守することを望む」欧州連合(EU)執行機関である欧州委員会
「イスラエルが建国され、多くのアラブ人が居住地を追われて難民化した1948年は、南アフリカで白人支配者による黒人に対するアパルトヘイト(人種隔離)体制が成立した年でもある。イスラエルは西側諸国とともに、南アフリカの白人政権の戦略的なパートナーとして、アパルトヘイト体制を強力に支持し、その存続を支えた国家だった。ネルソン・マンデラが率いた反アパルトヘイト運動とは、南アフリカの白人政権のみならず、このような国際的なアパルトヘイト体制との戦いだった。ーー今回の判決自体は停戦を命ずるものではないが、この先に停戦、さらにはパレスチナの人々の権利と生命を組織的に抑圧してきたイスラエルによる「アパルトヘイト」体制の打破を実現していかなければならない。今回の判決をどのように受け止め、どう行動するかは、私たちひとりひとりの問題でもある」三牧聖子(同志社大学大学院准教授)
集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約(ジェノサイド条約)
第一条
 締約国は、集団殺害が平時に行われるか戦時に行われるかを問わず、国際法上の犯罪であることを確認し、これを、防止し処罰することを約束する。
  第二条
 この条約では、集団殺害とは、国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部又は一部破壊する意図をもつて行われた次の行為のいずれをも意味する。
(a) 集団構成員を殺すこと。
(b) 集団構成員に対して重大な肉体的又は精神的な危害を加えること。
(c) 全部又は一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課すること。
(d) 集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること。
(e) 集団の児童を他の集団に強制的に移すこと。
 10月7日以来イスラエルがガザ地区で行ってきた行為は、その7割は乳幼児を含めた子供と女性である2万5千人を超える死者と多くの負傷者・行方不明者を出し、学校や病院も破壊して人びとを強制疎開させ、水や食料、医薬品も途絶えさせて出産も妨害する、集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約第二条を侵犯する明確なジェノサイドに他ならない。
 イスラエル首相ネタニヤフと国防相ガラントは、明らかに「人道に対する罪」を犯し続ける犯罪者であり、それをいまだに支持し武器を送り続ける米国政権もこのジェノサイドに重大な責任を負う。
 ICJは今回即時停戦を命じてはいないが、このままイスラエルの蛮行を続けさせるのは断じて許されない。それをどのようにして止めさせるかが世界に問われている。
《国際司法裁判所(ICJ)は26日、パレスチナ自治区ガザ地区への攻撃を続けるイスラエルに対し、暫定措置としてジェノサイド(集団殺害)行為を防ぐ「全ての手段」を講じることなどを命じた。攻撃がジェノサイドにあたるとして、南アフリカが提訴し、軍事作戦停止を含む暫定措置を求めていた。ICJは人道危機に懸念を示したが、作戦停止の命令には踏み込まなかった。
パレスチナに立つマンデラ像 イスラエル提訴に南アを駆り立てた歴史
「ハマスの攻撃の方がジェノサイド」 南ア提訴に反発するイスラエル
 ドノヒュー裁判長は「この地域で繰り広げられている惨劇を痛感しており、人命の損失と人々の苦悩が続いていることに深く憂慮している」と述べ、イスラエルにジェノサイドの防止と関連の証拠の保全を命じた。命令にはジェノサイドの扇動を防止する手段を講じることや、ガザの人々への人道支援を供給するために、有効な方策の即時実施も含まれている。
 ICJの暫定措置命令は、ジェノサイドの認定は伴わず、長期化が見込まれる裁判の審理が継続する間、緊急的に人々を保護するための仮処分だ。命令に法的拘束力はあるが、ICJには強制的な執行手段がない。
 国連の司法機関であるICJはこれまで国家の行為にジェノサイドを認定したことはなく、認定にはジェノサイドの意図を立証する必要があり、ハードルは高い。最終的な判断までには数年かかるとみられている。
 特定の民族や人種への殺害や暴行を禁じるジェノサイド条約は、第2次世界大戦中のナチスドイツによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を機に1948年に制定された。「特定の民族や人種、宗教集団の全て若しくは一部を破壊する意図を持って行う行為」と定義している。
 1月中旬に開かれた口頭弁論で南アフリカ側は、ガザでの破壊の規模の大きさや市民が標的にされていることを指摘。「パレスチナ人の生活の破壊が明確に意図されている」と述べ、ジェノサイド条約に違反していると訴えた。
 口頭弁論でイスラエル側は、軍事作戦は自衛だと繰り返し、「イスラエルが(戦争を)始めたわけでも、望んだわけでもない」と主張。「ジェノサイド的な行為があるとしたら、それはイスラエルに向けられているものだ」とし、昨年10月7日のハマスの越境攻撃が原因だと強調した。
 作戦停止を南アフリカが求めたことについて、「市民を守る義務を果たすために必要なイスラエルの能力を否定する試みだ」と主張。「イスラエル固有の自衛する権利を妨害しようとしている」と述べていた。(ブリュッセル=杉山正)
コメントプラス
三牧聖子
(同志社大学大学院准教授=米国政治外交)
【視点】ICJはイスラエルにジェノサイド的行為の停止を命じた。停戦を命じていないという大きな問題は残るが、ここに至る歴史的過程を考えても歴史的な判断ではないか。
なぜ地理的にもガザから遠く離れた南アフリカが、パレスチナ市民の命と権利のためにここまで戦うのか。そこには冷戦時代にさかのぼる歴史的な経緯がある。イスラエルが建国され、多くのアラブ人が居住地を追われて難民化した1948年は、南アフリカで白人支配者による黒人に対するアパルトヘイト(人種隔離)体制が成立した年でもある。イスラエルは西側諸国とともに、南アフリカの白人政権の戦略的なパートナーとして、アパルトヘイト体制を強力に支持し、その存続を支えた国家だった。ネルソン・マンデラが率いた反アパルトヘイト運動とは、南アフリカの白人政権のみならず、このような国際的なアパルトヘイト体制との戦いだった。
長い闘争の果てにアパルトヘイトの撤廃を実現し、1994年、すべての人種が参加した歴史的な選挙で同国初の黒人大統領となったマンデラがこう改めて強調したことはよく知られている。「パレスチナ人にも自由が与えられなければ、私たちの自由も完全ではない」。
今回の判決自体は停戦を命ずるものではないが、この先に停戦、さらにはパレスチナの人々の権利と生命を組織的に抑圧してきたイスラエルによる「アパルトヘイト」体制の打破を実現していかなければならない。今回の判決をどのように受け止め、どう行動するかは、私たちひとりひとりの問題でもある。》



2024年1月21日
日記がわりに。
 阪神淡路から29年目の17日神戸東遊園地に出ると、能登地震への連帯の幕に幼稚園児?たち。市街を北野まで歩き、久しぶりに吉屋でぼっかけを頂き、なぎさの湯に浸かって帰宅。
 国際司法裁では南アが提訴したイスラエルによるパレスチナへのジェノサイドの審理が始まる。年が明けてもイスラエルの残虐な攻撃でパレスチナでは小さなこどもたちの犠牲が続き、死者は2万3千人を超える。スペインTVEは、市民を「人間の盾」にしてガザを侵攻するイスラエル兵の映像を伝える。
 19日久しぶりに駅前のcalmoでジェノベーゼピザ。年末年始は多忙だったと。八幡神社は何やら神事で参拝客多い。六甲道で食材買って帰宅。週末は雨予報、20日昼前にはやみ神大を抜けてil ventoでボロネーゼ。ピザに負けずこれも美味。そのまま歩いて徳井神社を経てまた乙女塚温泉。銭湯だけど温泉、利用者の句が楽しげ。
 今日は午前坂の上の会館で自治会の会合に出る。隣の地区では坂の上の住民が1回100円で阪急六甲駅まで共用タクシーを利用できるようになった、こちらでも出来ないか、会計担当からは仕事をしながら出入金で銀行窓口に行かなければならず、自治会の普通預金用にクレジットカードを発行したいとの意見。ごもっとも。帰宅後は巣篭もり。雨で空気が澄み、夕方対岸の灯りがよく見える。






2024年1月19日
「民間企業なら一発アウト。(商品の売り上げの一部を会社に報告せず中抜きしたら)懲戒解雇でもおかしくない」大手総合商社に勤める男性(27)
「企業ならあり得ない悪質な行為だ。報告書の訂正が相次いでいるが、泥棒が盗んだものを返しても罪が消えるわけではないのと同じで、そもそも軽く済ませていいことではない」中島茂弁護士
「売り上げを会社に報告せず懐に入れれば業務上横領罪で懲役・懲戒解雇。収入を申告しなければ脱税。会社が売り上げを社員にキックバックすれば法人税の脱税。ーー金銭に関する規律を自ら破壊し、私利を得てきた者たちが、のうのうと政権を握り続けている」本田由紀(東京大学大学院教育学研究科教授)
・裏金事件の背景には、派閥の政治資金パーティー収入の一部を議員側にキックバック(還流)するシステムがあった。複数のベテラン秘書らは、20年ほど前の2000年前後から続く「慣習」で、1990年代の政治改革の影響があったと証言。
・特捜部は18年以降に安倍派で派閥の事務を取り仕切る事務総長を務めた、下村博文元文部科学相▽松野博一前官房長官▽西村康稔前経済産業相▽高木毅前党国対委員長――の4氏らへの事情聴取を進め、4氏は、還流が事務局から派閥会長に直接報告される「会長案件だった」などと説明し、いずれも会計責任者との共謀を否定。
・検察は、安倍、二階両派の会計責任者ら2人を政治資金規正法違反で在宅起訴し、岸田派の元会計責任者を略式起訴、刑事告発された松野博一前官房長官▽西村康稔前経済産業相▽高木毅前党国対委員長▽世耕弘成前党参院幹事長▽萩生田光一前党政調会長▽下村博文元文部科学相▽塩谷立元文科相――の7氏をいずれも不起訴とする方針。
「(安倍晋三元首相と「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関係について)お亡くなりになった今、確認するには限界がある」2022年9月8日岸田文雄首相
・2020年12月24日、安倍晋三前首相の政治団体が「桜を見る会」前日に主催した夕食会の収支を巡り、東京地検特捜部は、政治資金規正法違反(不記載)などの疑いで刑事告発された安倍氏を不起訴(嫌疑不十分)とした。政治団体代表の配川博之公設第1秘書(61)=山口県下関市=については、補填分を含む夕食会の収支3022万円を政治資金収支報告書に記載しなかったとして、同法違反罪で略式起訴。安倍は特捜部の任意での事情聴取に「関与していない」と否認。
 自身の政治活動費で地元有権者を接待するためパーティー参加費を補填し収支報告書にも記載せず、捜査に「知らなかった」と言い逃れた元首相を、今回はその派閥幹部らが、自らのパーティー券裏金化の容疑に対して「会長(安倍)案件だった」と自らの関与を否定し、違法に裏金を得た議員らもひたすら会計担当秘書の責任とする自民党という組織。
 国民を収奪するカルト集団と癒着して、その選挙応援を差配した安倍の責任を「亡くなった」から検証しないとした党が、今回は裏金還流の責任を安倍と会計担当者にだけ負わせて説明もせず逃げまくる。
 20年もの期間ノルマを超えた分を派閥に送金せずまたは派閥から還流され、政治資金収支報告に記載しないその裏金を領収書不要の付け届け、選挙買収などに使用しながら、議員、派閥幹部ら本人がその仕組みを知らなかったはずはない。すべての責任を派閥会長と会計担当者らに丸投げし、「関与」「共謀」も否定する無責任ぶり。
 これは犯罪企業か「反社」組織と同じ。国会議員は法律を制定・改正する立法府に所属する特別職公務員であり、法律を毀損し犯す者たちの居場所ではない。派閥解消どころではない、自民党自体が解党すべき。
《自民党派閥のパーティーをめぐる事件の捜査が大詰めを迎えている。市民感覚とかけ離れた政治資金の実態を浮き彫りにした今回の事件。監視されるべき政治資金の使い道がわからなくなるだけでなく、一般の会社や会社員が同様のことをすれば所得隠しや横領に問われかねない。(松田果穂、編集委員・伊藤嘉孝)
 国会議員らの政治資金集めの2本柱は「献金(寄付)」と「政治資金パーティー」で、収入は原則非課税だ。パーティーは、パーティー券を売った収入から、会場費や提供する飲食などの費用を差し引いた「利益」を政治資金にすることができる。自民党の派閥主催のパーティーでは、一部の派閥で所属議員がノルマを超えて売ったパーティー券の収入が裏金化されていた。
 関係者らによると、裏金化の手法は大きく二つ。一つは、ノルマ超過分の売り上げを派閥側に納めず、議員側が手元に残すケース。購入した側は、派閥パーティーの代金として議員側に渡したにもかかわらず、議員側が「中抜き」していたことになる。もう一つが、議員側が売り上げをいったん派閥側に納めた後、ノルマ超過分が派閥から議員側にキックバックされ裏金になるケースだ。
 政治資金規正法は、議員らの活動が「国民の不断の監視と批判の下」に行われるようにするため、政治資金収支報告書の公開を義務づけている。しかし、裏金化されて収入や支出が報告書に記載されず、第三者からは誰がいくらパーティー券を買ったのか、パーティーで得られた政治資金を何に使ったのか、わからなくなっていた。
 今回の問題を一般の企業や会社員に置き換えてみると、どうなるか。
 大手総合商社に勤める男性(27)は「民間企業なら一発アウト」とあきれる。もし、商品の売り上げの一部を会社に報告せず中抜きしたら「懲戒解雇でもおかしくない」という。男性の会社では、会食で経費を数千円使うにも厳しい基準があるという。政治資金の収支が記載されずに裏金化されていた疑いについて「自分たちが一枚の領収書を大事に保管している間に国会議員がこんなことをしているなんて、国民をなめているとしか思えない」。
 企業法務に詳しい中島茂弁護士によると、会社員が担当業務の売り上げの一部などを報告せず懐に入れた場合、「10年以下の懲役」の罰則規定がある業務上横領罪に問われかねない。個人が収入を税務署に申告しなければ「脱税」に当たる恐れもあるという。
 多くの会社では、横領などで会社や顧客に損害を与えた社員を懲戒処分にするルールがある。刑事告訴や損害賠償請求につながるケースもあり、「不祥事に甘い会社は糾弾されかねず、民間では近年、自浄作用を働かせるため処分を徹底する方向にある」。そのうえで、議員によるパーティー券売り上げの「中抜き」について「派閥の政治活動に使われると思って券を買った人を欺くような話だ」と問題視した。
 また、派閥で明るみに出たキックバックが、民間で行われた場合も問題は大きい。元立正大教授で税理士の浦野広明氏によると、会社が売り上げの一部を会計帳簿上「なかったこと」にして記さず、社員にキックバックした場合、会社の収入を実際より少なく偽装したことになる。法人税逃れにつながりかねず、「企業ならあり得ない悪質な行為だ」という。
 浦野氏は、政治資金収支報告書への不記載について「報告書の訂正が相次いでいるが、泥棒が盗んだものを返しても罪が消えるわけではないのと同じで、そもそも軽く済ませていいことではない」と指摘。「企業でも政治でも、会計で最も大切なことは真実の報告のはず。不正が見過ごされてきた反省を踏まえ、社会の常識に沿った制度に変えていくべきだ」と話した。
 「政治とカネ」をめぐる事件は相次いでいる。2019年の参院選広島選挙区をめぐっては、河井克行・元法相が妻の案里氏を当選させようと地元議員ら計100人に計約2900万円を渡し、公職選挙法違反(加重買収など)の罪で有罪判決を受けた。22年には、自民党副幹事長だった薗浦健太郎・前衆院議員がパーティー収入など4千万円超を収支報告書に記載していなかったとして、政治資金規正法違反(虚偽記載など)の罪で罰金100万円などの略式命令を受けている。23年にあった東京都江東区長選をめぐっては、前法務副大臣の柿沢未途・衆院議員らが公職選挙法違反(買収、有料ネット広告)の罪で起訴された。
コメントプラス
本田由紀
(東京大学大学院教育学研究科教授)
2024年1月19日7時18分 投稿
【視点】売り上げを会社に報告せず懐に入れれば業務上横領罪で懲役・懲戒解雇。収入を申告しなければ脱税。会社が売り上げを社員にキックバックすれば法人税の脱税。
自民党のパー券裏金問題は、すべてこれらに該当するにもかかわらず、議員はごく一部を除いて罪に問われていない。裏金が何に使われたかも明らかでないが、証言などからは選挙の際に金で票や協力を買ってきた疑いが色濃い。
市民が真面目に法を守っていくことが馬鹿馬鹿しくなるのも当然だ。金銭に関する規律を自ら破壊し、私利を得てきた者たちが、のうのうと政権を握り続けている。
会計責任者との共謀が立証できないというが、管理責任を問えないのか。検察への人々の不満も高まっている。
社会のシステムへの信頼を空洞化・形骸化させ続けている者たちを決して許してはならない。》





2024 年1月17日



2024 年1月17日


2024年1月15日
「初動対応の遅れがとても気になりました。これまでの多くの大震災では、発災から2、3日後までに自衛隊が温かい食事やお風呂を被災された方々に提供してきました。でも今回は遅れた。緊急消防援助隊の投入も小出しで、救命ニーズに追いついていない。本来は「想定外」を念頭に、迅速に自衛隊、警察、消防を大量に派遣するべきでした」
「被災状況の把握が直後にできなかったために、国や県のトップがこの震災を過小評価してしまったのではないでしょうか。初動には人災の要素を感じます。避難所への水や食べ物、物資の搬入が遅れたのは、半島で道路が寸断されるなどした地理的要因もありますが、被災地で起きていることを把握するシステムが機能しなかったことも要因です。それがトップの判断を誤らせています。迅速な初動体制の構築は、阪神・淡路大震災から数々の震災の教訓として積み重ねられ、受け継がれてきました。それが今回はゼロになってしまっている印象を受けました」
「神戸では震度6以上の地震は起きていなかったから、防災計画は震度5を想定した。でも震度7の地震が起き、「震度7を想定してくれていれば」と市民から重い言葉をもらいました。ーーー劣悪な避難環境から救い出すために、仮設住宅の建設は急ぐ必要があります。阪神・淡路大震災でも、発災から3日目に着工している。そのスピード感がない」
「自衛隊、警察、消防の邪魔になるからと、民間の支援者やボランティアが駆けつけることを制限しました。でも、初動から公の活動だけではダメで、民の活動も必要でした。医療看護や保健衛生だけでなく、避難所のサポートや住宅再建の相談などに専門のボランティアの力が必要でした。苦しんでいる被災者を目の前にして、「道路が渋滞するから控えて」ではなく、「公の活動を補完するために万難を排して来て下さい」と言うべきでした」
「マンパワー不足と専門的なノウハウの欠如で、後手後手の対応が続いてしまっている。政府は「お金は出します」というリップサービスではなく、関連死を防ぐなどの緊急ニーズに応えられる具体的な対策を提供すべきで、「必要な人材を出します」というサービスに徹するべきです」
「先を読んで、刻々と変わる状況に的確に対応できていないことも心配しています。現場のニーズを把握し、吸い上げてすぐ決定していくことができていないのではないでしょうか。被災者第一で、国、県と市町との連携を改善する必要もあります」
「行政職員の経験や知識を蓄積すべきです。阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震で指揮を執った経験のある幹部クラスを今すぐに、石川県の本部の支援アドバイザーとして送り込む必要があります。高度な専門性と深い被災地の経験を積極的に採り入れるべきです。司令部と被災地との距離が遠い、縦割りになってしまっているのも気になります。有機的に動ける指令系統にする必要があります」
「地理的な要因や交通渋滞があるので、「ボランティアはまだ行かないで」と最初から強く国も県も自治体も伝えました。一部の専門性の高いボランティアも同じことをSNSなどで伝え、拡散した。ーーでも初動で、一部のボランティアしか入らなかったために、水や食事が手に入らず、暖もとれず、命のぎりぎりのところに被災者が直面した。それなのに、ボランティアは炊き出しにも行けなかった。行くのをためらった状態を作ったことは大きな間違いだったと思います」
「「ボランティア元年」と言われた阪神・淡路大震災を考えると、今回の発災では、ボランティア自身の線引きや権威主義化に違和感を覚えました。ーーしかし、今回は「控える」の一色になったことで、被災者にとても厳しい結果を招いたと思います。交通渋滞の問題ならば、例えば緊急援助の迷惑にならない道をボランティアラインとして示す方法もあったのではないか、と思います」
「首相はいま、1・5次避難、2次避難を呼びかけています。この呼びかけは正しいと思いますが、地域単位での避難を行うべきだと思います。一方で、避難所から動けない人もいますが、避難所への看護師常駐も遅れています。避難所や自主避難先にもっと大量に保健師や看護師を派遣することが必要です。DMAT(災害派遣医療チーム)も入っていますが、まだまだ人数は足りていない。被災者の相談に乗ることも、おろそかになってしまっています。高齢者施設や障害者施設で、とどまる選択をした人たちに生活支援を継続できるように、福祉専門職の派遣を加速する必要があります」
「すでに災害関連死とみられるケースが確認され、避難所ではコロナ感染者も増えている。保健衛生や災害看護の支援をもっと手厚くしなければ災害関連死が増えてしまうと強く懸念します。そのためにも、現場で起きていること、それに対するニーズを迅速にすくい上げ、すぐに判断して的確に差配できる人やネットワークをつくらないといけません」
「復興委員会も立ち上がっていないし、そこまでの議論もできていない。先読みして、復興のグランドデザインを描きながら住宅再建を進める必要がありますが、それもできていない。過去の震災では、災害支援や復興計画の専門家が首長につきっきりで的確な助言をしてきたけれど、その態勢もできていません」
「能登の群発地震で、断層が連動して動き大地震になることを、私も想定できていませんでした。あれほど、「想定外」の幅を持って物事を考えるんだと、言い聞かせていたのに。各避難所に段ボールベッドを必ず配備するなど、助言するべきだったのに、できていなかった」
「悔恨の念にかられています。でも時は待ってはくれません。人と人とが被災者を中心に支え合う。ともに考え、司令塔は、より重い責任を再確認し、基本に立ち返り、柔軟に迅速に的確に動く。私たちが過去の被災地の経験から学び、めざしてきたことを、もう一度確かめ合う必要があると思います」神戸大名誉教授・室崎益輝さん(79)
・2007年3月の能登半島地震(M6・9)と23年5月の奥能登地震(M6・3)の死者はそれぞれ1人。今回の人的被害はそれらを大幅に上回った。
・200棟以上が延焼した輪島市は、国交省の「危険な密集市街地」に指定されていなかった。
・石川県が昨年修正した「地域防災計画」の地震被害想定では、冬の夕刻に能登半島北方沖で「M7・0」の地震が起きた場合は「ごく局地的な災害で、災害度は低い」との評価。
・被災中心域を輪島市、珠洲市とし、「死者7人、負傷者211人、避難者2781人、建物全壊棟数120棟、炎上出火件数4件、延焼棟数0棟」と見積もるなど、いずれも今回の実際の被害を大きく下回っている。
・政府が現地に投入した自衛隊員数は9日時点で約6300人、同じ震度7を記録した2016年の熊本地震や18年の北海道胆振東部地震では、3〜4日目で2万人を超えていた。
 発生から2週間、能登半島大地震(最大震度7、マグニチュードM7・6)について石川県の災害危機管理アドバイザーも務めてきた室崎益輝氏の検証と反省の言葉。阪神淡路で神戸は震度5までの想定、今回の能登半島では県も氏自身もM7級の巨大地震を想定出来ていなかったと。
 県と政府の対応はどの震災よりも大幅に遅れ、能登各地に道路が寸断された孤立集落が今も多く取り残されて、神戸では震災三日後に始まった仮設住宅建設も全く手付かず。避難所には食料も水や衛生用品など最低限の衛生環境も不足し、段ボールベットすらなく避難者は栄養不足と感染症蔓延の危機に瀕している。
 5日防災服で経団連新年会に出席した岸田首相は14日被災地を訪問するが、発生から14日の駆け足訪問に「今更来たのか」「励ましが足りない」「もう少し、早く来てほしかった」「裏金問題もある中でのパフォーマンスではないか」「わずかな時間、1階をのぞいただけでヘリコプターで帰っていった。どんな思いで来たのかもわからない」と冷ややかな視線も。
 今回の初動対応は巨大地震への想定の甘さや輪島市の朝市通り火災への対応、自衛隊の派遣数も含め、「人災の要素も」との指摘は当たっている。そして中央司令部としての県知事、首相官邸の大災害に対する備えも対応も後手後手なばかり。被災地で孤立あるいは厳しい寒さと生活必需品の不足に喘ぐ人びとへの早急な支援と避難、水道などライフラインの再建、そして仮設住宅などの建設に県と政府は全力を尽くすべき。
《初動に人災の要素もある――。防災研究の第一人者で、石川県の災害危機管理アドバイザーも務めてきた神戸大名誉教授の室崎益輝さん(79)は、能登半島地震の初動対応の遅れを痛感しています。自戒の念もこめて、今、伝えたいこととは。
 ――6〜7日に能登入りして、支援物資を届けて視察しました。
 これから指摘することは、私の責任でもあります。県の災害危機管理アドバイザーを務めてきましたから。やるせなさ、自戒もこめて、長年防災と復興支援に関わってきた一人として、誰かが言わなければ、言葉にしなければと。今の段階で、声を上げなければと思いました。トップ、そして関わってきた私たちそれぞれが考えないといけません。
 今回、すぐに現地入りしたかったのですが、交通事情や、なるべく立ち入りを避けて、というメッセージが強かったため、発災から5日後に珠洲市と能登島以外の全域をくまなく視察しました。県庁、被災自治体、避難所などを凝縮して回りました。活動しているNPOにも接触しました。
 初動対応の遅れがとても気になりました。
 これまでの多くの大震災では、発災から2、3日後までに自衛隊が温かい食事やお風呂を被災された方々に提供してきました。
 でも今回は遅れた。緊急消防援助隊の投入も小出しで、救命ニーズに追いついていない。本来は「想定外」を念頭に、迅速に自衛隊、警察、消防を大量に派遣するべきでした。
 被災状況の把握が直後にできなかったために、国や県のトップがこの震災を過小評価してしまったのではないでしょうか。初動には人災の要素を感じます。
国や県のトップが、震災を過小評価した
 避難所への水や食べ物、物資の搬入が遅れたのは、半島で道路が寸断されるなどした地理的要因もありますが、被災地で起きていることを把握するシステムが機能しなかったことも要因です。それがトップの判断を誤らせています。
 迅速な初動体制の構築は、阪神・淡路大震災から数々の震災の教訓として積み重ねられ、受け継がれてきました。それが今回はゼロになってしまっている印象を受けました。
 災害対応の「基本」とは何か――。災害はみな異なるので難しい問題です。それでも、私たちはこの問いから逃げてはいけないように思います。それは、被災者の命に関わるからです。
 私は防災研究者として阪神・淡路大震災で被災も経験しました。その原点がある。
 神戸では震度6以上の地震は起きていなかったから、防災計画は震度5を想定した。でも震度7の地震が起き、「震度7を想定してくれていれば」と市民から重い言葉をもらいました。そこから「想定外」を大切に、国内外の被災地を歩き、行政だけでなく市民同士の対話を大切に、復興・減災の支援をしてきました。
ボランティア絞り、公の活動足りず、後手の対応続く
 ――初動について、詳しくどう見ていますか。
 自衛隊、警察、消防の邪魔になるからと、民間の支援者やボランティアが駆けつけることを制限しました。でも、初動から公の活動だけではダメで、民の活動も必要でした。医療看護や保健衛生だけでなく、避難所のサポートや住宅再建の相談などに専門のボランティアの力が必要でした。
 苦しんでいる被災者を目の前にして、「道路が渋滞するから控えて」ではなく、「公の活動を補完するために万難を排して来て下さい」と言うべきでした。
 マンパワー不足と専門的なノウハウの欠如で、後手後手の対応が続いてしまっている。政府は「お金は出します」というリップサービスではなく、関連死を防ぐなどの緊急ニーズに応えられる具体的な対策を提供すべきで、「必要な人材を出します」というサービスに徹するべきです。
 先を読んで、刻々と変わる状況に的確に対応できていないことも心配しています。
 現場のニーズを把握し、吸い上げてすぐ決定していくことができていないのではないでしょうか。被災者第一で、国、県と市町との連携を改善する必要もあります。
 なぜ、この初動だったのか?
 防災計画はきれいに描いてきた。でも、そのマネジメントがうまくできていない。なぜなのか?と。
「司令部と被災地の距離遠い」「縦割り気になる」
 行政職員の経験や知識を蓄積すべきです。阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震で指揮を執った経験のある幹部クラスを今すぐに、石川県の本部の支援アドバイザーとして送り込む必要があります。高度な専門性と深い被災地の経験を積極的に採り入れるべきです。
 司令部と被災地との距離が遠い、縦割りになってしまっているのも気になります。有機的に動ける指令系統にする必要があります。
 ――ボランティアへの対応については?
 地理的な要因や交通渋滞があるので、「ボランティアはまだ行かないで」と最初から強く国も県も自治体も伝えました。一部の専門性の高いボランティアも同じことをSNSなどで伝え、拡散した。
 この影響で、私のような研究者や多くのボランティアでさえ、被災地に入ることをためらった。
 初動が円滑で、大量に自衛隊と警察、消防を入れてぬかりなく進められていたら、百歩譲ってボランティアの規制も問題なかったのかもしれない。
 でも初動で、一部のボランティアしか入らなかったために、水や食事が手に入らず、暖もとれず、命のぎりぎりのところに被災者が直面した。それなのに、ボランティアは炊き出しにも行けなかった。
 行くのをためらった状態を作ったことは大きな間違いだったと思います。そして、先に入った一部のボランティアまでが、行政と同じように「来ないで」と伝えたのにも、大きなショックを受けました。
 「ボランティア元年」と言われた阪神・淡路大震災を考えると、今回の発災では、ボランティア自身の線引きや権威主義化に違和感を覚えました。
 どんな被災地にも、スタンドプレーのように目立とうとする迷惑なボランティアはいます。そういう人たちに向けて、ブレーキとしてのメッセージが必要なのは分かります。
 しかし、今回は「控える」の一色になったことで、被災者にとても厳しい結果を招いたと思います。交通渋滞の問題ならば、例えば緊急援助の迷惑にならない道をボランティアラインとして示す方法もあったのではないか、と思います。
「あすの命を大切に」 先読みして的確な判断を
 ――災害関連死が懸念されます。
 首相はいま、1・5次避難、2次避難を呼びかけています。この呼びかけは正しいと思いますが、地域単位での避難を行うべきだと思います。
 一方で、避難所から動けない人もいますが、避難所への看護師常駐も遅れています。避難所や自主避難先にもっと大量に保健師や看護師を派遣することが必要です。
 DMAT(災害派遣医療チーム)も入っていますが、まだまだ人数は足りていない。被災者の相談に乗ることも、おろそかになってしまっています。
 高齢者施設や障害者施設で、とどまる選択をした人たちに生活支援を継続できるように、福祉専門職の派遣を加速する必要があります。
 「いまの命も大切だが、被災地ではあすの命を考えるべきだ」と私は言っています。
 すでに災害関連死とみられるケースが確認され、避難所ではコロナ感染者も増えている。保健衛生や災害看護の支援をもっと手厚くしなければ災害関連死が増えてしまうと強く懸念します。
 そのためにも、現場で起きていること、それに対するニーズを迅速にすくい上げ、すぐに判断して的確に差配できる人やネットワークをつくらないといけません。ーーー




2024年1月14日
日記がわりに。
 5日アシスト車でpiza trackさんに初詣、マリナーラをいただく。7日地元のil ventoでやはりマリナーラ、どちらも美味しい。三宮に出て食材買って帰宅。
 7日は有馬に出て堂加亭に行くとすでに待つ人、20分ほど待って室内でサラダランチを食べ、有馬御苑で金泉・銀泉に浸かって帰宅。9日から新学期、5時を過ぎても子どもたちが元気に遊んでいる。
 12日山麓を歩いて阪急御影駅前の深田池から阪神御影まで。野菜など買って帰宅。昨日は三ノ宮からガード下・元コー横を歩いてALVARでマルゲリータ。旧居留地のピアノで坂本龍一の戦メリがまるでプロのような演奏。「じゃ私も」と言って子連れの女性が弾き始めたリスト?も玄人肌。阪急地下でカワハギ見つけて帰宅。
 今日は西宮北口旧阪急球場まえのゆいたばで島そば。ガーデンズで地元食材買い、昨日wowwowで見た映画「湯道」の影響もあり、先日地図アプリで偶然見つけた阪急沿線の双葉湯という温泉銭湯に入ろうと夙川の方向に歩き、地元の人の教えも受けてようやく到着するが、営業は3時から。昔から詰めが甘い。夙川から阪急で御影に戻り歩いてやはり銭湯で温泉の改修なった乙女塚温泉。日曜で混んでいるが快適。六甲道で食材買い足してバスで帰宅。
 ゆいたばの若い店長さんはようやく年末年始忙しさが戻ったと。神戸や西宮の街並みに昔の面影はほとんどないが、阪神淡路震災後復興したこの地域はいま世界そしてこの国で起きる戦災・震災の地で希望につながるのかもとも。



2024年1月13日



2024年1月12日



2024年1月10日
「準備が整ったため防衛省で工事に着手したと承知している。世界で最も危険と言われる普天間飛行場の固定化は絶対に避けなければならず、1日も早い全面返還に向けて努力を続けていく。これからも丁寧な説明を続けていきたい」岸田首相
「私はこれまで辺野古新基地建設問題を含む基地問題について、1度たりとも林官房長官とも木原防衛大臣とも面会する機会をいただいていない。一方的な文書の送付が重ねられ工事の着手が強行されたことは『丁寧な説明』とは到底真逆の極めて乱暴で粗雑な対応がなされたものと言わざるをえない。たたみかけるように工事を進めることで、『あきらめ感』をかもし出そうとしているのであれば、大きな間違いだ。県民の民意を軽んじていては日米安保体制にも大きな影響が及び続ける」玉城知事
「住んでいて危険性を感じます。普天間基地は返還してほしいですが、工事には時間も予算もかかります。返還に時間がかかって工事にも時間がかかるとなるとあまりにも中途半端だ」普天間基地を抱える宜野湾市の80代の男性
「普天間基地はなくしてほしいのですが、県内への移設は反対です。きょうの着工は国の横暴で、地方自治体の権利が無視されていると思います。国は一方的で、話し合いの場が全然ないと感じるので、もっと話し合いをして、そこから道を見つけてほしい」同70代の女性
「(能登半島地震の被災地復興を優先させるために2025年大阪・関西万博を延期する考えはあるかを問われ)両方ともやるべきだ。(万博開催により震災復興が)劣後するとは思わない。(岸田文雄首相が)災害対策本部を迅速に立ち上げ、経済団体の新年会にも防災服で出席し、気を引き締める姿勢を示していた」経団連の十倉雅和会長9日定例記者会見
「信頼回復に向け努力しなければならない。党を挙げて取り組む最優先課題だ」10日岸田文雄首相、総裁直属機関として政治刷新本部の設置を決定しして
・刷新本部の本部長代行に茂木敏充幹事長、幹事長に木原誠二幹事長代理、最高顧問には、麻生派会長の麻生太郎副総裁と、無派閥の菅義偉前首相
 防災服を着て被災地を訪れるのではなく経団連新年会に出席するこの国の首相。
 「信頼回復」が最優先の自民党総裁である岸田首相は、1日の能登半島大地震=プレートの水がしみだして能登半島の下に移動し、岩盤を押し広げたり断層を滑りやすくしたりして地震を誘発した=の被災地を訪ねることもなく、5日防災服姿で軟弱地盤夢洲での万博強行に固執する支持母体の経団連新年会に出席し、10日軟弱地盤の辺野古沖の代執行に伴う大浦湾側での工事着手、党の派閥政治資金パーティー裏金問題で「刷新会議」立ち上げ。
 やることが全て無責任、出鱈目。刷新会議はまさに刷新すべき老醜だらけ。普天間返還合意から28年、辺野古建設で政府が示した工期9年3か月だが、これまでの国内地盤改良は水面下70メートルに対して辺野古軟弱地盤は最深90メートルに達し、予定地直下と横に二つの活断層(辺野古断層、楚久断層)が存在している。夢洲は、恒常的に地盤沈下が続き、地震時には液状化が予測されるゴミで埋め立てられた人工島。
 この国をたびたび襲う巨大地震や津波、液状化による甚大な被害から何も学ばず、返還合意から半世紀も危険な米軍基地を置き、軟弱地盤と活断層の上にいつ完成するかも不明な米軍基地を作り続け、同じく軟弱で液状化が予見される人工島に万博やIR誘致を固執し続ける愚劣さ。こういう政権は一刻も早く終わらせなければ、この国に真っ当な未来はない。
《沖縄のアメリカ軍普天間基地の移設先となっている名護市辺野古沖の代執行に伴う大浦湾側での工事について、防衛省は必要な準備が整ったとして、10日、着手しました。
普天間基地の名護市辺野古への移設をめぐっては、沖縄県が軟弱地盤がある大浦湾側での改良工事を承認しないことから、先月28日、国土交通省が代わって承認する代執行を行い、防衛省沖縄防衛局は着手に向けて準備を進めてきました。
そして、10日午前10時半ごろから、船の上で複数の作業員が重機の点検や海面の状況を確認するなどし、正午すぎ、ショベルカーから海中への石材の投入が始まり、工事に着手しました。
防衛省によりますと、10日行われたのは、護岸の造成工事に向けた作業の一環で、今後、地盤を改良するため、およそ7万1000本のくいを海底に打ち込む工事も進めることにしています。
防衛省は、すべての工事や手続きが終わり、普天間基地の移設が可能になるまでには12年ほどかかるとしています。
岸田首相「1日も早い全面返還に向けて努力」
岸田総理大臣は記者団に対し「準備が整ったため防衛省で工事に着手したと承知している。世界で最も危険と言われる普天間飛行場の固定化は絶対に避けなければならず、1日も早い全面返還に向けて努力を続けていく。これからも丁寧な説明を続けていきたい」と述べました。
その上で、記者から「政府が示した9年3か月の工期の間に工事を終えると約束できるか」と質問が出たのに対し「工程は防衛省で必要な検討を行った上で作成したものであり、これに従って工事を進めるべく全力で取り組んでいきたい」と述べました。
林官房長官「工期9年3か月の起点」
林官房長官は記者会見で「所要の準備が整ったことから、きょう大浦湾側の工事に着手するという報告を防衛省から受けている。工事完了までの工期を9年3か月と示してきているが、きょうの着手が、この起点にあたる」と明らかにしました。
その上で、工事に関する沖縄県側との協議をめぐり「工事の実施設計については、沖縄防衛局が沖縄県と協議を行っていて、引き続き適切に対応していくと承知しているが、今般、着手する整備は、この協議の対象外だと認識している」と述べました。
また、沖縄県側から反発も予想される中での工事の必要性を問われ「辺野古移設が唯一の解決策であるとの方針に基づき、着実に工事を進めていくことが、普天間飛行場の1日も早い全面返還を実現し、危険性を除去することにつながる。今後とも地元への丁寧な説明を行いながら、基地負担の軽減を図るために全力で取り組んでいく」と述べました。
沖縄 玉城知事「誠に遺憾だ」
沖縄県の玉城知事は10日夕方、報道各社の取材に応じ、工事が始まったことについて「平成25年に工事の施工や環境保全対策などについて協議するよう定められている。去年12月に国土交通大臣によって大浦湾側の工事が承認されたことから県は協議を開始することとしたが、協議が整っていない中で工事が着手されたことは誠に遺憾だ」と述べ、不快感を示しました。
また、林官房長官や木原防衛大臣が地元に丁寧な説明を行うと発言していることについて「私はこれまで辺野古新基地建設問題を含む基地問題について、1度たりとも林官房長官とも木原防衛大臣とも面会する機会をいただいていない。一方的な文書の送付が重ねられ工事の着手が強行されたことは『丁寧な説明』とは到底真逆の極めて乱暴で粗雑な対応がなされたものと言わざるをえない。たたみかけるように工事を進めることで、『あきらめ感』をかもし出そうとしているのであれば、大きな間違いだ。県民の民意を軽んじていては日米安保体制にも大きな影響が及び続ける」と述べ、政府の対応を批判しました。
そして「政府においては埋め立て工事の強行がもたらしている甚大な問題を直視したうえで、沖縄の苦難の歴史に一層の苦難を加える辺野古新基地建設を直ちに中止するよう求める」と述べ、対話による解決を求める考えを重ねて示しました。ーーー


2024年1月8日
・セーブ・ザ・チルドレンは7日声明を出し、イスラエル軍とイスラム組織ハマスの昨年10月の開戦以来、パレスチナ自治区ガザ地区では毎日、平均10人を超える子どもが片足か両足を失っていると指摘。
・国連児童基金(ユニセフ)の報道官ジェームズ・エルダー氏は先月19日、ガザではこの戦争で子ども約1000人が片足か両足を失ったと報告。
「この紛争における子どもの苦しみは想像を絶する。子どもたちの死や負傷は重大な侵害で、加害者は責任を負わなければならない」同NGOのパレスチナ自治区担当ディレクター、ジェイソン・リー氏
「停戦によってのみ「民間人の死傷」に終止符が打たれ、負傷した子どもたちのための重要な医薬品など、「切実に必要とされている人道支援」をガザに届けることが可能になる」リー氏
・イスラエルとハマスの戦闘が始まってから3か月、過去24時間にイスラエル軍の攻撃で113人が死亡し、ガザ地区の死者は7日で2万2835人。
・このうち子供は9730人、女性は6830人で7割強を占める。イスラエル側の死者は約1200人。
「われわれは勝利するまでとまらない。すべての目標が達成されるまで戦争をやめてはならない」7日ネタニヤフ
・昨年11月11日の時点で死者数は1万1千人を超え、そのうち4割の約4500人は子どもであり、この数字は国連が出している子どもと武力紛争に関する年次報告書によると、世界の軍事紛争で犠牲になった子どもは2019年が4019人、20年が2674人、21年2515人、22年は2985人だった。ガザの子どもの死者数は、19年以降の各年の記録をすでに上回っている。
「2008年までさかのぼるガザでの数々の戦争と比べても、今回の紛争は犠牲者数と殺害の無差別さで前例のないものとなっている」ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校マイケル・スパガット教授
「(ガザ地区は)子供たちにとって世界で最も危険な場所だ。子供たちが遊び、学校に通っていた地域全体が、命のないがれきの山と化している」国連児童基金(ユニセフ)アデル・ホドル中東・北アフリカ地域事務所代表
「民間人の死という点では、過去に我々が記録したどんな紛争より、はるかに増加ペースが速い」英独立調査団体「エアウォーズ」エミリー・トリップ代表
 10月7日以来わずか三ヶ月で、イスラエルは瓦礫の下の遺体を除いて2万2835人のパレスチナ人を殺害し、その4割9700人以上はこどもで3割6800人は女性。この数字はベトナム戦争以来あらゆる戦争・紛争における子どもの犠牲者を上回り、毎日10人を超える子どもがイスラエルの攻撃で片足か両足を失っている。
 これはナチスによるホロコーストに比較し得る、国際法を重大に毀損する極悪な戦争犯罪。NGOパレスチナ自治区担当者が述べるように、「子どもたちの死や負傷は重大な侵害で、加害者は責任を負わなければならない」のは明らか。
 もしもこの重大犯罪が見逃されるなら、国際法は空文と化し、21世紀は世界にとって取り返しのできない破滅の時代となる。
《国際NGOのセーブ・ザ・チルドレンは7日声明を出し、イスラエル軍とイスラム組織ハマスの昨年10月の開戦以来、パレスチナ自治区ガザ地区では毎日、平均10人を超える子どもが片足か両足を失っていると指摘した。
同NGOによると、この数字は国連の統計に基づくもので、切断手術の多くは麻酔なしで行われているという。
同NGOのパレスチナ自治区担当ディレクター、ジェイソン・リー氏は「この紛争における子どもの苦しみは想像を絶する」と述べ、「子どもたちの死や負傷は重大な侵害で、加害者は責任を負わなければならない」と指摘した。
リー氏は、爆風で負傷し、運ばれてきた子どもらを前に医師や看護師らが完全に打ちのめされるのを目にしてきたという。「かなりの痛みに苦しむ子どもを目にしながら治療したり痛みを緩和したりするための設備や医薬品がないことは、経験豊富な医療者すらかなりこたえる」と説明した。
同NGOは発表で、国連児童基金(ユニセフ)の報道官ジェームズ・エルダー氏の発言などに言及。エルダー氏は先月19日に、ガザではこの戦争で子ども約1000人が片足か両足を失ったと報告した。
同NGOによると、子どもは大人よりか弱いため、爆風で死に至る可能性は大人の7倍近くにのぼる。「子どもの頭蓋骨(ずがいこつ)はまだ完全に形成されておらず、筋肉も発達していないため大人ほど保護されない。目に見える負傷がない場合でも、爆風で腹部の臓器が損傷しやすい」とリー氏は説明した。
同氏はまた、停戦によってのみ「民間人の死傷」に終止符が打たれ、負傷した子どもたちのための重要な医薬品など、「切実に必要とされている人道支援」をガザに届けることが可能になると訴えた。》



2024年1月4日
・後方のCAは、さらに踏み込んだ判断を迫られた。ーー「前方からの(脱出)指示を待っていたが、ないということだった。外を窓越しに見たところ、オレンジ色のものが見えたので、火だと認識した」。右側後方のR4は「火が見えたため開けられない」として、他のドアに誘導。左側後方のL4は「火災がなく、脱出シュートを展開する余裕もあった」ため、ドアを開けた。本来ならば機長の指示が必要だが、インターホンが使えないため、「最終的に脱出指示を自分で判断してお客様を外にご案内した」という。
「荷物を置いて飛行機を降りるという基本的な規律による、奇跡の脱出だ」日航・総務本部長
「CAが良い仕事をしたに違いない。全員が降りられたのは奇跡だ」ロイター通信
集英社オンラインニュース
「最初はヘラヘラ笑ってたけど、熱さで危険を察知しました。機体はすぐに止まったけど、なかなか扉を開けてくれず、CAさんが『○番、開きません!』と絶叫口調だったので余計に不安が募りました。酸素マスクは降りてこなくて、でも息苦しくて、普通のマスクをしてたけど、苦しかった。CAさんたちが口々に『大丈夫です! 安心してください』声をかけてくれたけど、それどころじゃなかった。乗客のなかには『早く開けろ』と怒鳴る人や、逆に『CAの言うことを聞いたほうがいい』と諌める人がいたり、小さい女の子が泣き叫ぶ声なども聞こえて、混乱の渦でした。ーーそこ(後方1か所の非常ドア)からは白い布の滑り台で降りました。そこでは一人ずつ順番で、押したりする人はいなかったんですが、それ以前に荷棚から自分の荷物を取り出そうとする人に『何してるんだ』と怒る人はいました。外に出てからは燃えさかる機体から100メートルくらい離れたところでCAさんに『10人ずつ円になってください』と指示され、その状態で30分くらい待ちました」澤田翼さん(28)
「座っていた席は前のほうでした。着陸時に『ドーン』といつもよりかなりひどい衝撃を感じたので、左側の窓から外を見ると、翼から炎が出ていました。『え? ヤバイな』と思っているうちに、酸素マスクが降りてきました。ーー昔見たドラマの『スチュワーデス物語』みたいでした。クルーさんが必死で『頭をさげてください! 頭をさげてください!』と叫んでいて、その指示に従いました。私の隣に娘がいて、その横に若い女性がいて二人ともキャーキャー悲鳴をあげながらパニックを起こしかけていたので、『頭をさげましょう』と落ち着かせるのに懸命でした。
娘たちにジャンバーを着させて、靴を履かせ、誘導に従いました。ドアは比較的に早い段階で開いたと思いますが、降りるのは1人ずつなので、避難誘導を待つ間も『一刻も早く外に出たい』という焦りはありました。それでも私たちは前から6列目だったので、パニックになるほどではなかったです。避難後はJALから状況説明はなくて、後日連絡があると聞いています。我々は自家用車で来ているのでこのまま帰宅できますが、宿がなかったり、荷物がまったく持ち出せなかったりで、泣いている方々も大勢いました」群馬県在住の50代女性
「私はそれまで寝ていて、突然ドーンという衝撃で起きました。炎などは見ていません。今回あらためて感じたのは、やはり訓練が大事ということですね。機内で離陸前のCAさんの有事の際の説明を真面目に聞いていたので、落ち着いて動くことができました。私は1番前の席だったので、慌てることなく降りて、そこからは後続の乗客の脱出の手伝いをしていました。みなさんパニックにならずに冷静に滑り台を降りてきて、最後にCAさんが乗客が残っていないか確認を終えてから降りてきました。この日はファーストクラスも含めてほぼ満席でしたね。まだ年始ですから、早く家に帰りたいです」女性の夫
 新年早々の2日羽田空港での日航機と海保機衝突事故を伝える二つのニュースから。
 乗員・乗客379人を乗せたまま炎上する日航機内の三つの非常口から、事故後18分で不安や恐怖、パニックに陥る人も含めて全ての人が脱出できた模様が証言から伝わる。千歳発の便は、航路や航空会社は異なるが私も27日に乗ったばかり。
 1日には能登半島でマグニチュード7.6の巨大地震が発生。建物の倒壊と火災、津波で多くの死者、負傷者、行方不明者と避難者が出ている。
 「荷物を置いて飛行機を降りる」とは、「持ち物を棄て、生命を求めよ」という、ギルガメッシュ叙事詩第11板が描く大洪水の際のエア神の言葉であり、4千年の時を超えて今も人類に光を投げかける。ギルガメッシュはこの大洪水の出来事を聞いてウルクに帰り、その城壁が焼成煉瓦で出来ていることを確認する。
 メソポタミアに繰り返し伝承されたこの物語を、唯一神に対する絶対服従と自らを神に選ばれた民族とする神話に換骨奪胎したのが旧約聖書創世記第6~9章・ノアの方舟物語。それを「信仰」「神との契約」「約束の地」という理由で、先住する人びとを排除しようとする国がいま多くの市民を殺害し続ける。
 大規模自然災害と巨大事故そして戦争、環境破壊。21世紀前半私たちの課題の一端が示された年明け。冷静に対応した日航機乗務員と乗客に学びたい。
《羽田空港C滑走路で2024年1月2日に起きた日本航空(JAL)機と海保機の衝突事故では、海保機に乗っていた6人中5人が死亡する一方で、JAL機は乗客乗員379人の全員が脱出に成功した。
国外でもこの事故への注目度は高く、この脱出劇を「奇跡」だと評価する報道が相次いだ。識者が多く指摘していたのが、大きく(1)客室乗務員(CA)の訓練(2)乗客が荷物を持ち出そうとせずに速やかな脱出に協力した、という点だ。JALが1月3日夜に開いた記者会見でも、こういった点が奏功したとの見方が示された。
「滑走路に接地後、突然の衝撃があった」
事故が起きたエアバスA350-900型機は、左側前方からL1〜L4、右側前方からR1〜R4の8つのドアがある。そのうち前方のL1とR1、後方のL4の計3つのドアを使って脱出した。残りの5つのドアは、外に火災が見えるなどの「外的要因」で使わないことを判断した、としている。負傷者は15人。内訳は打撲1人、捻挫1人、体調不良によるクリニック受診13人だった。
事故が起きたのは17時47分で、機長が全員の脱出を確認して地上に降りたのが18時5分だ。この間のパイロットとCAの行動について3日夜、堤正行・安全推進本部長が説明した。ただ、具体的な時系列は現時点では明らかになっていない。
説明によると、パイロットは会社の聞き取りに対して「滑走路に接地後、突然の衝撃があった。衝撃後、滑走路右側にそれて停止する事態になった」などと説明。機体が止まった時点では火災の発生に気付いていなかったが、CAからの報告で把握したという。エンジンを止めた後、操縦室から客室に出た時点では脱出が始まっていた。客室を見回ったところ、残っている乗客が何人かいたため、前方に移動をうながし、乗客がいなくなったことを確認した上で、CAといっしょにL4から脱出した。
本来ならば、脱出は機長がコックピットからインターホンや機内放送を使って指示するが、事故時点で使えない状態になっていた。それに加えて操縦室のドアが「何らかの理由」で開いていたため、CAは口頭で脱出の指示を受けた。
本来なら機長の指示必要だが...CA判断でドア開ける
後方のCAは、さらに踏み込んだ判断を迫られた。堤氏によると、「前方からの(脱出)指示を待っていたが、ないということだった。着陸の際に機内に煙が入り始めて、かなり濃い煙が充満してきたということだ。外を窓越しに見たところ、オレンジ色のものが見えたので、火だと認識した」。右側後方のR4は「火が見えたため開けられない」として、他のドアに誘導。左側後方のL4は「火災がなく、脱出シュートを展開する余裕もあった」ため、ドアを開けた。本来ならば機長の指示が必要だが、インターホンが使えないため、「最終的に脱出指示を自分で判断してお客様を外にご案内した」という。
ただ、こういった手順は事前に決まっており、その手順を訓練してきた成果が出たとみている。さらに、パニックを抑えながら、どのドアを開けるべきか適切に判断できたと評価している。
「非常事態に関してもしっかりと訓練を受けており、その中のプログラムで、コックピットと連絡がつかない場合、どう判断するかということも、もちろん盛り込んである。そういった訓練を通して、日々ケーススタディーをしながら備えてきた成果が出たと評価している」(堤氏)
「不用意にドアを開ける事がないようにということも含めて、まずパニックコントロール。それから外部、被害状況確認。それから、開けていいドア、開けてはいけないドアの判断...こういうステップを踏んだことによって、危険な状況に陥るであろうドアを開くことなく、安全なドアから脱出できたことが大きい」(同)
乗客が荷物を持ち出そうとしなかったことも奏功した。青木紀将・総務本部長は
「今回、その徹底がお客様の協力もあって、なされた。これが迅速な脱出につながったと評価している」
と話した。
「荷物を置いて飛行機を降りるという基本的な規律による、奇跡の脱出だ」
JALの事故対応をめぐっては、事故直後から「奇跡」だと評価する声が海外から相次いだ。シンガポールのニュース専門チャンネル、チャンネル・ニュース・アジア(CNA)では、航空専門サイト編集長のジェフリー・トーマス氏が
「私が言えるのは、彼ら(乗客)が暗黙のうちに指示に従い、手荷物を持ち出そうとせず、ただ立ち上がって可能な限り速く降りたという事実だけだ」
と指摘した上で、「90秒ルール」の存在に言及。90秒ルールとは、米連邦航空局(FAA)が定めた商用機(旅客機・貨物機)の安全基準のひとつで、機内の全非常用脱出口の半分以下を使って、事故発生から90秒以内に乗客乗員全員が脱出できる構造にすることを求めている。
今回のJAL機では、ドアを3つしか使わなかった点について
「これは驚くべき脱出であり、奇跡的な脱出だ。荷物を置いて飛行機を降りるという基本的な規律による、奇跡の脱出だ」
などと指摘した。
ロイター通信は、航空コンサルタント会社の航空安全担当役員、ポール・ヘイズ氏の見解を紹介。ヘイズ氏は、乗客は脱出時に手荷物を持っていなかったようだとした上で、
「CAが良い仕事をしたに違いない。全員が降りられたのは奇跡だ」
とした。
英BBCでは航空アナリストのアレックス・マケラス氏が、脱出成功は「特殊な部類」だとして、「教科書通りの避難」が行われたと指摘した。
「CAは炎に囲まれていない安全なドアを見つけ、教科書通りの避難を開始することができた。すべてのドアが開いたわけではなく、すべての避難スライドが展開されたわけでもなかったのは、そのためだ。素早く効率的な避難を始めるために、どのドアを開けるべきか、適切な判断をしている」
一方で、「そうでないこともある」と指摘。恐怖を感じた乗客が避難を遅らせることもあるためだ。いわく「本能的にパスポートやバッグを荷物置き場から取り出そうとすることもあり、そのすべてが避難の成功に影響する」。こういった事情を踏まえても「教科書通りの避難」だったとした。
(J-CASTニュース編集部 工藤博司)》


2024年1月4
日記がわりに。
 2日雲ひとつない快晴、アンパンマン詣出?で子ども連れで賑わうハーバーランドに出る。テラスでお昼の後ドック沿いを歩き、三宮で食材買って帰宅。
 昨日は巣篭もり、やはり未見の録画でナチス・ソ連戦による史上最悪の犠牲、沖縄戦におけるアイヌ戦死者と戦後の相互の交流を見る。いずれも現在につながる問題。
 今日はバスで布引から坂を上がり北野天満、萌黄の館を周りやはりテラス席でお昼。今年初温泉で建物建て替えのため3月で一旦閉館する神戸クアハウスを訪ね、ホウ酸泉、重曹泉に浸かる。いっとき雨模様だったがやがて晴れ、三宮で食材買って帰宅。冬至を越して5時を過ぎてもまだ明るい。


2024年1月1日
日記がわりに。
 穏やかな年の瀬であるべき先週もイスラエルによる残虐な攻撃が繰り返されたガザでは白布に包まれた遺体が並び、子どもたちは傷つき、あるいは殺害されて遺体となって母親が治療中の父親に最後のお別れをさせ、子どもたちは殺害された親を泣きながら抱きしめる。これは明確に戦争犯罪。
 北の国から帰宅して今年録画したが未見のドキュメント番組をいくつか鑑賞。NHK映像の世紀「危機の中の勇気」で、ナチスドイツによるロンドン空爆についてチャーチルは「ヒトラーは大勢の女性や子どもを殺すことで、この街を恐怖に陥れようとしている」と指摘。ロンドン市民は地下鉄駅などに退避。これはウクライナでプーチンが、ガザでネタニヤフがしていることと同じ。ガザには地下鉄はなく、避難民が密集した避難所を空爆するなど、より残虐だ。プーチンやネタニヤフをヒトラーに準えることは、何ら間違いではない。
 そしてもう二つ、1906年M7.8のサンフランシスコ大地震を8才で経験したドロシー・デイが、広島への原爆投下から10年後、投下を批判しながら第二次大戦後のアメリカの核開発・核実験について反対運動を始め、それが被爆者の取り組みとともに米国と世界で大きなうねりとなって63年部分的核実験禁止条約調印に至ったこと、さらに9.11後のブッシュ政権によるアフガニスタン、イラクへの報復攻撃に関して、9.11犠牲者の遺族らが立ち上げた団体「ピースフル・トゥモローズ」が反対の声をあげ、やはり大きな運動となったこと。
 29日栄町通のDay's kitchenでことし最後のピザを食べ、なぎさの湯に浸かり食材買って帰宅。今日新年一日は西宮北口の「むなし」でお昼をいただき、やはり営業するガーデンズのスーパーで食材買い、10月に見つけた廣田神社を歩いて訪ねる。
 しかしやはり本殿前は参拝者で一時間待ちとかで、参拝は止めて日本の神様より古代メソポタミアの平和と闘いの女神イシュタルに中東、東欧そして世界の平安を願って帰路に着いた。
 阪急苦楽園駅をめざして前回は道が分からず甲陽園に降ったが、今回は貯水池を超えて苦楽園駅まで到達し、4時前には帰宅。時折風は強いが天気は穏やか。





                                                                                                                                                                 
  
     





























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